考えなければならない「被害弁償」のこと
2017年7月の刑法改正により、性犯罪は親告罪から非親告罪になった。これは、言い換えれば、以前は性犯罪については、被害者からの告訴がなければ検事は起訴できなかったが、刑法改正後は告訴がなくても起訴できるようになったということである。しかし、検察庁の通達により、被害者が起訴前に示談した場合、加害者は不起訴となり前科もつかないという状況は続いている。
性犯罪では、起訴前に被害者と加害者が示談し、不起訴になるケースが多い、というイメージがあるかもしれない。しかし、実際には示談のほか、起訴前や起訴後に被害者に被害弁償(※)が支払われるケースもある。
起訴前に被害弁償が行われる場合、被害弁償額は高額だが、不起訴になり、加害者に前科はつかない。起訴後判決前に被害弁償が支払われると、有罪判決が出れば加害者に前科はつくが、被害弁償の支払いが考慮され、刑が軽くなる。判決後は加害者が任意に支払わなくなる可能性が非常に高い。
※…「被害弁償」とは、加害者が被害者に被害の弁償をすること。示談の際に支払われる「示談金」とは違い、裁判外での和解という意味を含まない。なお、示談は、裁判外での和解という意味を含むので、加害者が被害者に金銭を支払い、被害者が加害者を「宥恕する(許す)」「寛大な処分を求める」などの言葉がある書面を、加害者との間で作成するのが通常である。
前科がつくのは嫌、という加害者の意向を受けて、加害者側の刑事弁護人は、なんとかして起訴前に被害者に接触しようとする。加害者側の弁護人が被害者に接触するときは、検察官や警察を通じて、被害者に、連絡を取ってよいかどうかを確認し、初動では直接連絡しないのがセオリーである。性犯罪の被害弁償では、とても気を遣う刑事弁護人がほとんどだ。
しかし、被害者の親の勤務先や、一人暮らしの被害者の実家に手紙を送ったり、被害者の連絡先を興信所を使って調べる弁護人もいる。被害者に弁護士がついていない状況を利用して、うまくやろうという弁護人がいるのは残念ながら真実だ。
示談を迫る弁護士の言うことは本当なのか
被害者が加害者側の弁護人に「示談しないと、被害者は公判廷で供述しなければならない」と言われる場合もある。被害者が公判廷で供述することはやはり精神的な負担が重いので、このように言われて起訴を迷う被害者も多い。しかし、前出の発言は法律上は正しいのだが、確率論としては真実でないこともある。
被害者は、犯罪事実の重要な証人である。刑事訴訟法上、証人の言葉は、公判廷で証人尋問を受けてはじめて証拠となる。被害者が、捜査段階で、警察・検察で作ってもらった供述調書を、裁判で証拠にできるのは、法律的には例外である。
しかし、検察官が被害者の調書で立証することに、加害者側が同意すれば、被害者を証人尋問する必要はない。
起訴前に示談の申入れをするのは、ほとんどが自白事件である。自白事件では、被告人は刑が軽くなることを期待し、裁判所の心証を良くしたいと思っている。裁判所は、性犯罪被害者を公判で証人尋問するというと非常にいやな顔をするので、自白事件の被告人は、調書を裁判で証拠にすることに同意することが多い。
このような理由により、捜査段階で、被害弁償の申入れがあった事件では、公判では供述調書の提出が認められることが多い。とすると、示談しなかったからといって、被害者が公判廷で供述することになるとも限らないのだ。
判断しなければならないことが山積み
ここまで見てきただけでも、起訴にあたって被害者が考えなければならないことが山積みであることがおわかりいただけるだろうか。被害弁償を受け取るべきかどうか。受け取るのならば、どのタイミングで受け取るべきなのか。起訴するとして、自分が公判廷で証言しなければならなくなる確率はどのくらいのものか。こうした様々なことを被害者自身が判断するのは困難だ。では一体どうすればよいのか。