平成から改元した最初の文楽公演は、東京・国立劇場での『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』。皇族や公家の世界を描く王朝物の傑作だ。98年ぶりに物語の発端となる大序「大内の段」が復活し、1日がかりでほぼ全幕が通し狂言として上演される。重要無形文化財保持者(人間国宝)の人形遣い・吉田和生さんに、この演目の見どころをうかがった。

吉田和生さん

「この芝居は非常にスケールが大きな作品。中大兄皇子(後の天智天皇)と藤原鎌足のふたりが蘇我入鹿を滅ぼした大化の改新を題材とし、大和地方の伝説や言い伝えなども随所に織り込まれています。特に有名なのは、舞台の真ん中に流れる吉野川を挟み、将来を誓い合った男女の恋の行方を描いた『妹山背山(いもやませやま)の段』でしょう。和製ロミオとジュリエットともいわれますが、歴史の大きな流れに若いふたりとその親たちが翻弄され、やがて悲劇が起こります」

 和生さんが勤めるのは、権力者・入鹿から入内(じゅだい)を求められる雛鳥の母・後室定高(こうしつさだか)だ。

ADVERTISEMENT

「主人を早くに亡くした定高は女手ひとつで家を切り盛りし、領地争いで大判事清澄と対立しているため気はかなり強い。入内は女の幸せと娘に諭すものの、雛鳥には心に決めた久我之助(こがのすけ)という相手がいる。しかもそれは不仲な大判事の息子だった――親は子供の幸せを願うものですが、お家も守らなければならず心は揺れ動きます。自分にも娘がいますから、その気持ちは痛いほど分かりますね」

 

 他の場面でも、鎌足に疑いをかけられた旧臣が忠誠心を試される「芝六忠義の段」、求馬(もとめ/実は鎌足の息子の藤原淡海[たんかい])という色男を巡り、酒屋の娘のお三輪と入鹿の妹・橘姫が激しい恋のバトルを繰り広げる「道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)」、入鹿討伐へと向かうクライマックス「金殿の段」など、朝から晩まで見所は満載である。

「歌舞伎では人気のある場面しかかかりませんが、順序を追って全てを上演する通し狂言というのは、文楽ならではの強みです。午前10時30分に第一部がはじまって、第二部の終演は午後9時ですから、全部を観るお客さんは大変かもしれないですが(笑)、だからこそ芝居の面白さがよくわかると思います」

 17世紀に花開いた人形浄瑠璃は、『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』という三大名作を経て、人形を3人で操り、彩り溢れる舞台へと華やかな進化を遂げてきた。「最初はラジオの脚本だったものが、だんだんテレビドラマの脚本になっていったようなもの」と和生さんは説明する。その集大成として江戸中期に誕生したのが『妹背山婦女庭訓』。東京での通し上演は滅多にない機会だ。

「太夫、三味線、人形遣いで三位一体と言われますが、お互いがお互いに刺激を与え合って、いい舞台をお客様に楽しんでもらえたらと思います」

よしだかずお/1947年愛媛県生まれ。67年文楽協会人形部研究生となり、吉田文雀に入門、吉田和生と名のる。68年大阪毎日ホールで初舞台。2017年重要無形文化財保持者(人間国宝)認定。写真は16年国立劇場4月公演『妹背山婦女庭訓』の「妹山背山の段」で後室定高を演じた一場面。

INFORMATION

通し狂言『妹背山婦女庭訓』
5月11日(土)より27日(月)まで東京半蔵門・国立劇場小劇場にて上演。
TEL:0570-07-9900(国立劇場チケットセンター)
https://www.ntj.jac.go.jp/kokuritsu/2019/bunraku_5.html