昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2019/06/13

 実は、彼は現在、メルカリの広報責任者として、山田を支える立場にある。前職はLINEの広報責任者。2016年のLINE上場を見守った翌年、「大きな組織ではなく、スタートアップで自分の力を試したい」と、あてもなく退社を決めた。

 すると、初めて山田から「一緒にやらないか」と誘われた。「もうメルカリは大きい。出来上がっている」と固辞したものの、山田は必死にビジョンを語り、まだ道半ばであることを強調。その熱烈なアピールに根負けし、メルカリに入ることを決めた。

©文藝春秋

インターネット株式会社

 広報の要である矢嶋を引き抜かれた格好のLINE。だが、そこに軋轢はない。関係は良好だ。矢嶋の元上司にあたり、LINEの生みの親でもあるLINE取締役CSMOの舛田淳も早稲田大学出身。山田の一つ下の後輩で、当時から旧知の仲。今でも飲みに行く間柄だ。今年3月には、競合するキャッシュレス決済事業で戦略的業務提携を発表した。

 舛田だけじゃない。山田がフェイスブックに投稿する写真には、いつも名だたるネット企業の幹部が山田の周囲で笑っている。それも特殊能力が為せる技か。山田は言う。

©文藝春秋

「自分の中では、あまり競合だという意識はないというか、『インターネット株式会社』っていう感覚。みんな立派な会社だし、そこを優秀な人材が部署異動しているようなものだと思っていて」

「僕は日本が好きだし、日本的な良さを、もっと世界に知ってもらいたい。だから日本の中で戦っても意味ないというか、みんなで日本のインターネット産業を強くしていけばいいし、いつも何か一緒にやりたいね、という話をしていますね」

©文藝春秋

 ポーズでもポジショントークでもなく、本音と思わせる実直さが山田にはある。鬱々としていた時代の話も含め、ここまで外連味(けれんみ)なく記者に内面を晒す経営者は稀有だろう。

 山田の凡人感と、メルカリの超越感は一見、アンビバレントに見えるが、実は相対するものではなく、因果関係にある。その陰には長いもがきの歴史があった。

 そして今も山田は米国市場の開拓で、もがき続けている。旅路はまだ当分終わりそうにもない。

(文中敬称略)

©文藝春秋