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誰でも立候補できる「公民提名」はありえない

――興味深い指摘です。普通選挙を通じた行政長官の選出は、2014年の雨傘革命と今回の抗議運動でも共通して要求されています。ただ、これは香港政府も北京の中央政府もかなり抵抗感が強い話だと感じますが……。

田北辰 むろん、政治改革をすると言っても、いわゆる「831の枠組み」がある。すなわち、香港特別行政区基本法にもとづいて、(市民の投票の対象となる長官候補者を選出する)指名委員会は絶対に必要だ。

――「831の枠組み」とは、2014年8月31日に北京の全人代が決定した、メンバーに親中派が多い指名委員会の過半数の推薦を受けた数人だけが行政長官に立候補できるルールです。市民はこの候補者(=実質的には「親中派A、親中派B、親中派C」)の選択肢から、1人1票で行政長官を選出する仕組みでした。2014年9月に起きた雨傘革命はこれに反対して、市民が誰でも行政長官選に立候補できる「公民提名」を要求しました。

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田北辰 「公民提名」といったものはありえない。それでは(北京の「831の枠組み」に反するため)さながら、香港独立と同じことになってしまう。

9月2日、香港中文大学でおこなわれた3万人規模の学生集会の様子。現在の大学生は雨傘革命の当時は中学〜高校生に相当した世代だ ©安田峰俊

――香港では結果的に「831の枠組み」すら実現せず、従来の厳しい制限選挙が続いています。これを、せめて「831の枠組み」にもとづく普通選挙の実現までは持っていこうというのが田議員の考えなのですね。

田北辰 ああ。もちろん「831の枠組み」のなかで、どれほど民主的にやれるかについては限界もある。可能ならば、候補者は2人ではなく、より(政策面などでの)競争が活発になる3人にするべきだ。「831の枠組み」のなかでも、より多くの選択肢が加わることになる。

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“ブラック化”した香港警察が中国軍を呼ぶ?

 インタビューは以上である。抗議運動の現状やデモ参加者の性質についての鋭い分析のいっぽうで、中国の介入や政治改革の実現についてはやや歯切れが悪くなるのが、一国二制度のもとで中国の一部に組み込まれている香港の現体制の限界を示しているようで興味深い。

 話を聞いて驚かされたのは、中国の人民解放軍や武装警察が香港に進駐する可能性について、私が事前に想定したよりも高く見積もっているように思えたことだ。その背景に、彼も懸念する香港警察の人数不足と疲弊があることは間違いない。

9月7日、デモ隊が押し寄せる可能性があった香港国際空港を警備する警官たち。あちこちに出動しなくてはならない ©安田峰俊

 2019年現在、香港警察の前線部隊の人数は2万6890人(ほか、前線支援と内勤が約4300人)で、デモの対処にあたっているのは1万人程度とみられている。参考までにいえば、人口が香港の約1.8倍、面積が約2倍である東京都を管轄する警視庁の警官数は約4.4万人だ。

 現在、香港の抗議運動はときに香港域内の数カ所~10ヶ所近くで同時多発的に発生している。東京でたとえれば、同日内に八王子と町田と池袋とお台場……と、都内全域の各地で突発的に騒乱が発生する状況が3ヶ月以上も続き、それを他県警の応援なしに警視庁が単独で対処し続ける状況に近い。

 当然、香港警察の個々の警官の過重勤務や精神的疲労は深刻な状態になっている。法律事務所では警官の家族の離婚相談も増えているようだ。

 香港の抗議運動の終わりは見えない。香港警察がいよいよキャパシティをオーバーしたときこそ、ついに地獄の扉が開くことになるかもしれない。

<※田北辰への取材は2019年9月16日、電話でおこなった。取材言語は広東語の通訳をはさみつつ、ときおり安田自身が普通話(標準中国語)を用いて直接質問している。また、上記のインタビュー記事中で田北辰の発言部分は本人の言葉をできるだけ忠実に伝えているが、私の質問部分は読者の利便性を考えて言葉を補った。>