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田北辰 これは香港政府も望まない事態だが、(仮に戒厳状態に突入しても)言うことを聞かないデモ参加者はいるだろうし、警察がそれを充分に押さえきれないこともある。その場合は、香港基本法14条にもとづいて、北京の中央政府に軍事部隊を派遣する要請がおこなわれることになる。

香港を厳重な戒厳状態に敷く「緊急法」適用の可能性を報じる現地反政府系大手紙『蘋果日報』(8月28日付)。林鄭月娥行政長官の似顔絵が怖い。緊急法が施行されると商業活動も管理下に置かれるため、富裕層が資産を国外に逃しはじめたともいう

……もっとも、私はこれは現時点ではありえないと考える。誰もそんな事態は望んでおらず、香港政府もやりたくはないのだ。私だって望まない。決してそんなことになってはいけないはずだ。

 ただ、警察とデモ参加者の対立は深刻だ。既に述べたように、大規模な衝突があれば警察側は必ず何か誤ちをおかし、それが市民の反感を招くという、頭の痛い悪循環に陥っている。

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すでに香港政府の対応能力を越えているのでは?

――これだけの騒ぎが起きて、香港警察の人数的なリソースは足りているのでしょうか? 仮に東京で同様の騒乱が起きた場合は、埼玉や千葉など他の県警が応援に駆けつけるわけですが、香港においてそうした後背地は、中国内地しか存在しません。

田北辰 非常にいい質問だ。香港警察の限界は人数の点にあり、それが最大の問題なのだよ。加えて、香港には(人民解放軍の香港駐留部隊をのぞけば)軍隊や特別部隊はいない。警察しかいない。

群衆が押し寄せる旺角警署を警備する警官隊。毎晩大変だ。9月7日夜に撮影 ©安田峰俊

 率直に言って、香港は大規模な暴乱に対応できるようなリソースを持っていない。かといって、中国内地から人を連れてくるのは一国二制度に反する。たとえ中国内地に、それに対応できる人員が何万人いたとしても、だ。

――悩ましいですね。

田北辰 その通りだ。……むろん、あらゆる事態には終わりがあり、それは今回の暴乱についても然りだろう。だが、これが終わった後に香港はどうなるのだろうか。香港市民と警察との関係はすでに非常に悪いものとなってしまった。非常に懸念している。

「もはや、一定の民主化は不可避だ」

――今回の抗議運動が終わった後、香港政府はどのように市民と向き合っていくことが望ましいと思いますか?

田北辰 独立調査委員会の設置はもちろんだが、政治改革が必要だ。今回の運動を通じて、香港人の政治改革への要求は以前よりはるかに強まっている。今回、多くの市民は林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が独断専行でものごとを進めたと考えているはずだ。

 現在の香港では、わずかな指名委員会のメンバー(注.定数は1200人)のみが行政長官を選出する資格を持ち、700万人以上の多数の市民はその資格を持たない。

街頭で独立調査委員会の設置要求と、デモ隊のスローガンである「五大要求はひとつも欠けてはいけない」と書かれた段ボールを持ってアピールしていた平和的なデモ参加者の女性。9月6日、油麻地付近で撮影 ©安田峰俊

――確かに、返還時に約束されていたはずの行政長官の普通選挙による選出は棚上げされ、かなり厳しい制限選挙がおこなわれ続けています。

田北辰 どのような選出制度であれ、かつては問題が発生せずに済んでいて市民が納得しているならばそれでよい、というところもあった。だが、いまや多くの香港市民はこの制度にはなはだ大きな問題があると感じている。市民は自分の1票で行政長官を選出したがっている。

 今回の大規模な抗議運動は、香港の民主化の発展の必要性を強める事態となった。私はそのように思う。この点は強調したいところだ。