「サブロー〜〜〜」で有名

 まさに鉄人だ。千葉ロッテマリーンズには名物ウグイス嬢がいる。その職名を聞くと華やかに思われがちだが、その任務は決してミスが許されない重圧のかかる激務。「サブロ~~~」のコールで有名な千葉ロッテマリーンズの場内アナウンス担当歴27年目の谷保恵美さんは、ここまで本拠地1627試合で場内アナウンスを担当。そして特筆すべきは業務に携わった連続試合出場記録。本拠地主催一軍公式戦では1421試合連続でマイクを握っている。

 他球団では複数体制のローテーション制やバックアップスタッフがいる中で、雨の日も風の日も、のどを一切枯らすことなく、いつも笑顔を絶やさないその姿はまさに幕張の女神。ビーナスそのものだ。なお、この数字はあくまで公式戦。これに本拠地で行われた05年と10年の日本シリーズ5試合や05年、07年のプレーオフ(クライマックスシリーズ)5試合、オープン戦なども含めると数字はさらに増す。

 一軍デビューは91年8月9日の日本ハムファイターズ戦。まだ千葉ロッテマリーンズの本拠地はZOZOマリンスタジアムではなく、今や伝説となっている川崎球場。ちなみにその日の観衆は8000人と記録されている。この日、球場で観戦をしていたという人がいれば、ぜひこれを機に声高らかに自慢をして欲しい。「私はマリンの名物ウグイス嬢のデビューした日の声を耳にしている!」と。

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 なお、この試合は14-5で勝利。先発は伊良部秀輝で、勝ち投手は現在スカウトで佐々木千隼投手、平沢大河内野手などを担当した井辺康二。堀幸一が14号3ラン、愛甲猛が3号3ランを放っている。

「私自身は必死だったのでまったく覚えていない。ただ、放送室とグラウンドがすごく近かったのはよく覚えている。放送室の窓の目の前がネクストバッターズサークル。選手の大きなお尻がハッキリと見えたことだけは覚えている。試合はまったく覚えていないけど……」

「サブロ~~~」のコールで有名な名物ウグイス嬢・谷保さん ©梶原紀章

ストイックなコンディション調整

 当時、ウグイス嬢は3人で一、二軍をローテーションでまわしていた。しかし千葉に移転後は一軍に1人、二軍に1人の体制がずっと続く。気が付けば、本拠地ゲームでは毎試合、当たり前のように担当するようになっていた。

 欠勤の危機があったとすれば05年の初芝清の引退試合。朝、体の異変に気が付き、体温を測ってみると40度。しかし、同じ年でもありファンが楽しみにしている初芝清の引退試合を休むわけにはいかない。高熱を抱えながらもマイクを握った。インターバルをうまく利用し、マイクを握るときはいたって平静を装い、つかの間のインプレー中にはゼエゼエと息を乱す。その連続ながら、ファンからはまったく違和感なく勤め上げた(ただ一部の熱狂的ファンからは同学年である初芝の引退にウグイス嬢の声もどこか涙ぐんでいたと噂されている)。

 その反省からさらにストイックにコンディショニング維持を心がけるようになった。秘訣は用心に用心を重ねること。寝る時はバスタオルを首にグルグル巻きにして喉を冷やさないように心がけている。夏場も寝る前にはクーラーを入れて寝室を冷やしたりはするものの、寝ている時はつけず、やはりタオルをグルグル巻き。アルコールも基本、飲まない。生モノも食べない。ロッテののど飴は必需品だ。ショウガ茶など喉にいいと言われるものをどんどん取り入れている。

 思い出を振り返ってもらうと、過去のウグイス嬢泣かせの選手名はライオンズに在籍していた「パグリアルーロ」。これはどこの球団のウグイス嬢も共感する。長年、アナウンスをしていてもなかなか難易度が高いのは現在41歳、2000本安打を射程圏にとらえている福浦和也内野手。「FUKUURA」と「U」が続くのは実は谷保さんは得意としていない。「私はホームチームの選手は強く発音する傾向にあるので、Uが続く福浦さんは難しいです」。あと思い出深いのはライオンズの親富祖弘也。「なんとなくですが、言いにくかった」と懐かしそうに振り返る。

 場内アナウンス担当はいったん試合が始まるとトイレ休憩をとるのも厳しい。だからなるべく試合前日から水分控えめ。チャンスがあるとすればZOZOマリンスタジアム名物の花火が上がっている時かグラウンド整備、チアがダンスをしている時となる。

 最初のころは練習も重ねた。6畳一間の自宅アパートでカセットデッキにマイクを近づけて録音をしては自分の声のチェックを繰り返していた。今は球場最寄りの海浜幕張駅から球場入りする際に歩きながら大好きな歌をちょっと口ずさむことで発声練習をすることもある。

「心がけていることは一番にハッキリと聞こえること。それも明るく元気に聞こえること。なので、自分自身が元気でないといけないと思っています。たとえ、直前に嫌なこと、腹立つことがあってもマイクの前に立ったら綺麗さっぱり忘れる。そうしないとその気持ちがスタンドにも伝わってしまう。あとはストッパーが出る時、代打が出る時、少し間をあけたり、チャンスの時に少し高めの声を出したりもします」