大学に電話をかけ志望校を決めた
だが、学生スポーツ界でも屈指の人気を誇る現在の箱根駅伝は、各大学が強化に力を入れており、そのレベルの高さはかなりのものだ。多くの選手が中高時代から全国レベルの大会で実績を積んでおり、大学から陸上競技を始めた選手が出場できたケースというのは、ほとんど聞かない。
もちろん、武川自身もそのことは理解していた。
「中学時代の友人に青山学院で長距離をやっているヤツがいたんです。彼からも情報を聞いていたので、レベルの高さがまったく分からないわけではありませんでした。ただ『5000mのタイムがこれくらい必要』と言われても、走ったことがないとなかなか実感が湧かない部分はありました」
ともかく箱根に出るには、まずは大学を探さなければいけない。武川は自身の高校の進学実績や推薦の状況などを見定め、いくつかの大学に自分から電話をかけたという。
「何校か箱根駅伝に出ている学校があって、その中に中央学院の名前もありました。それでそれぞれの学校に電話を何回かかけたりして、調べて決めたという感じです」
大学は決まった。
だが、箱根を目指して走り出すと言っても、トレーニングの知識などない。
まったくの手探りの状況から、武川の挑戦は始まった。
ランニングクラブに入り手探りで練習開始
「実家の近くの愛知県豊橋市に有名なランニングクラブがあったんです。なので、高校3年の夏に野球を引退してからは、まずはそこに10月から通いはじめました。週2回は走りに行っていましたね」
それに加えて、自分でも毎日走り込みを続けた。
「毎日10kmから15kmくらい、自分の気持ちのよいペースでジョグをしていました。週2回はクラブへ通って、1回は競技場を借りて1000mのタイムトライアルを2本やる。もう1回はクロカンコースで15kmくらいジョグするというようなメニューで練習をはじめました」
通い始めたクラブでは、偶然の出会いもあったという。
「クラブのコーチが有名な人で、中央学院の陸上部OBの方をたまたま呼んでもらえたんです。それで、部のコーチとも連絡が取れるようになって『仮入部で良いので、部に入れてほしい』という話ができました。自分でも入学前に何回か大学に電話して連絡をとろうとしたんですけど、合宿とか、監督がいないタイミングで話ができなくて……。家族とも『これはもう、入学してから自分で行くしかないぞ』という話をしていたところだったので、すごく助かりました」
ランニングクラブでは、地元の中学生に交じって一緒にトレーニングをしていたという。そして、人生初の専門的な陸上トレーニングを経て、武川は着々と力をつけていった。