フランス大統領選もありヨーロッパの政治状況を知りたくて手に取ったのが、ドイツの政治学者が書いた『ポピュリズムとは何か』。ポピュリズムの特徴は「自分たちだけが人民を代表する」という排他性だとして、ハンガリーのオルバーン首相やトルコのエルドアン大統領らを批判するが、フランスのルペン(国民戦線)をはじめ、北欧やオランダなど「リベラル」に反転したポピュリズムについてはほとんど触れておらずちょっと期待はずれ。
『シリア難民』では、イギリスのジャーナリストが密航業者を取材し、難民たちをヨーロッパに送り出すビジネスの内側を解明している。一昨年の難民危機は、「家族連れで旅できる」ギリシア経由のルートがSNSで一気に広まり、それまでシリア国内で耐えていた富裕層が移動を始めたからだというのは驚いた。
『われらの子ども』では、アメリカを代表する社会学者で『孤独なボウリング』で知られるパットナムが、膨大なデータを駆使して、アメリカ社会で起きているのは所得格差より機会の格差であることを論証している。一九五〇年代のアメリカでは、金持ちの子どもと貧しい子どもが同じ学校に通い、貧困層のほうがおおきな社会的上昇を果たした。だが現在では、富裕層と貧困層は異なる世界を生きていて、彼らが交じり合うことはない。こうして社会が分断していくという分析には説得力があるが、この問題を解決するために、「(貧しい家の子どもも含め)すべての子どもを“われらの子ども”として扱おう」という主張にどれほどの説得力があるだろうか。「教育格差をなくせ」というリベラルの主張を徹底していくと、すべての子どもは(貧富にかかわらず)イスラエルのキブツのような集団教育で育てるべきだということになるだろう。
アメリカ社会の困難は対岸の火事ではない。『ルポ 児童相談所』は、児童相談所に併設されている全国の一時保護所を著者自らが訪ねて、養育を放棄された子どもたちがどう扱われているかを報告する。著者の慎泰俊氏は在日朝鮮人(朝鮮籍)で、朝鮮大学校を卒業後に早稲田の大学院でファイナンスを学び、モルガン・スタンレーなど外資系投資会社で働いたあと、貧困層に少額融資をするマイクロファイナンスのベンチャーを興した。同時に日本の恵まれない子どもを支援するNPO法人を設立し、自治体の首長たちと接点ができたことで、マスコミを近づけない一時保護所の取材や関係者のインタビューが可能になったという。
虐待は親が加害者、子どもが被害者だが、『子供の死を祈る親たち』では、引きこもりの子どもが家庭内で独裁者になって親を支配する異様な姿が描かれる。著者の押川剛氏は、警備会社を経営していたときに、「子どもから守ってほしい」と親が依頼してくることに驚愕し、精神障害者移送サービスを開始した。
このような社会の現状をどう変えていけばいいのか。即効薬はないものの、場当たり的な政策の羅列ではなにも変わらないことは明らかだ。そこで政策立案の際に費用対効果を計測し、証拠(エビデンス)を示すことが求められるようになった。
人は往々にして、自らの意思に反して不合理な行動をしてしまう。アメリカでは脳科学や行動経済学の知見をもとに、「ナッジ(そっと肘で押す)」によって正しい選択に誘導する社会実験が始まっている。『行動経済学の逆襲』と『選択しないという選択』は、そうした動きの先頭に立つ論者による入門書。
あらゆる社会問題は、ヒトの利己性と利他性の衝突から起こる。「実験社会科学」を提唱する著者による『モラルの起源』は、徹底的に社会的動物である人間は(進化の過程で)利他的につくられているものの、情にもとづいた「内輪びいき」は、裏切り者を罰し他者を排除することにつながると説く。著者が提唱するのは、市場取引に適応したクールな共感だ。
01.『ポピュリズムとは何か』J=W・ミュラー著 板橋拓己訳 岩波書店 1800円+税
02.『シリア難民』P・キングズレー著 藤原朝子訳 ダイヤモンド社 2000円+税
03.『超一極集中社会アメリカの暴走』小林由美 新潮社 1500円+税
04.『われらの子ども』R・D・パットナム著 柴内康文訳 創元社 3700円+税
05.『ルポ 児童相談所』慎泰俊 ちくま新書 780円+税
06.子供の死を祈る親たち』押川剛 新潮文庫 670円+税
07.『行動経済学の逆襲』R・セイラー著 遠藤真美訳 早川書房 2800円+税
08.『選択しないという選択』C・サンスティーン著 伊達尚美訳 勁草書房 2700円+税
09.『モラルの起源』亀田達也 岩波新書 760円+税
10.『ベストセラーコード』J・アーチャー、M・ジョッカーズ著 川添節子訳 日経BP社 2000円+税