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安倍晋三 首相
「わが国を飛びこえるミサイル発射という暴挙はこれまでにない深刻かつ重大な脅威であり、地域の平和と安全を著しく損なうもので断固たる抗議を北朝鮮に対して行った」

NHK NEWS WEB 8月29日

 8月29日早朝、日本列島にJアラート(全国瞬時警報システム)が鳴り響いた。北朝鮮が北海道上空を通過する弾道ミサイルを発射したのだ。

 北朝鮮の西岸から北東方向へ向けて発射された中距離弾道ミサイル「火星12」は、北海道上空を通過して三つに分離し、襟裳岬東方1180キロの太平洋上に落下した。Jアラートは12の道県で住民に避難を呼びかけ、鉄道などの交通機関も北海道、東北などでは運転を見合わせる措置が取られた。

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 安倍首相は首相官邸で記者団の取材に応じ、「わが国を飛び越えてミサイルが発射されたのは、これまでにない重大な脅威だ」と強調。その上で国連安全保障理事会の緊急会合を要請する意向を明らかにした(毎日新聞 8月29日)。また、北朝鮮に対して北京の大使館ルートを通じて厳重に抗議を行っている(共同通信 8月29日)。さらに29日、30日の2日連続で安倍首相とトランプ米大統領が電話で会談し、北朝鮮にさらなる圧力が必要との認識で一致した(産経ニュース 8月31日)。

北朝鮮の弾道ミサイル発射を受け、記者の質問に答える安倍首相 ©時事通信社

 北朝鮮のミサイルが日本上空を通過したのはこれが5度目。初めて日本を飛び越えたのは1998年8月31日で、長距離弾道ミサイル「テポドン1号」の一部が日本上空を通過して三陸沖の太平洋に落下した。このときは後日、北朝鮮側から人工衛星だったと発表されている。人工衛星打ち上げを目的としない北朝鮮のミサイルが日本上空を飛行するのは初めて。北朝鮮からの事前通告がなかったのは、98年以来2度目。

 北朝鮮のミサイルは約14分間飛行し、最高高度約550キロ、飛行距離約2700キロに達した。ミサイルは北海道上空を通過しているが、550キロ上空を通過したということは高度400キロを周回している国際宇宙ステーションより遥か上の宇宙空間であり、高度100キロを超えると「領空」ではなくなるので今回のミサイルは「領空侵犯」にあたらない。ちなみにミサイルを迎撃するために広島県海田町の陸上自衛隊に配備されたPAC3ランチャーの有効射程距離は20キロである(『週刊文春』9月7日号)。また、襟裳岬東方1180キロというのもずいぶん遠く、東京駅と福岡駅の直線距離は885キロと言われている。襟裳岬からレポートを行ったニュース番組もあったようだが、はっきり言って意味はない。

 これまでの北朝鮮の弾道ミサイルはロフテッド軌道と呼ばれる垂直に近い形で打ち上げ、飛距離を出さない形で実験が行われていた。それを水平に近い実戦形式で発射したのが今回のミサイル実験だ。その目的は日本列島を超える飛距離までミサイルを飛ばすことで、北朝鮮の弾道ミサイルの実力を世界に誇示することにあった(『週刊文春』9月7日号)。また、韓国国家情報院は、米軍基地がある米グアム島や、日本の主要都市を攻撃できる十分な能力があることを誇示する狙いがあったと説明する。これまでも日本向けのミサイルは配備されていたが、今回はアメリカに対する挑発なのだ。発射直後の段階の記者会見で安倍首相が「我が国に北朝鮮が弾道ミサイルを発射」と述べていたが、表現としては正確ではない(首相官邸 8月29日)。

 北朝鮮の暴挙は許されざるもので、断固として抗議すべきだ。ただし、報じるメディア側も情報の受け手側もなるべく興奮状態に陥らないように注意しなければならない。すでにインターネット上では「ミサイル便乗ヘイト」なるものも横行しているという。

 安倍首相をはじめ、菅義偉官房長官も「これまでにない深刻かつ重大な脅威」という言葉を使っているが、同様のミサイルは過去に4回飛んでいる。慶應義塾大学大学院教授の岸博幸氏は「それ相応の根拠を示さないといけないはず」「悪く捉えれば、危機を煽っているような面もあるんじゃないか」と懸念を示した(TOKYO FM『クロノス』8月30日)。

 安倍首相と菅官房長官は、今回の「脅威」がどのように「これまでにない」のかを丁寧に国民に説明する必要がある。

安倍晋三 首相
「発射直後から北朝鮮ミサイルの動きは完全に把握していた。国民の生命と安全を守る万全な態勢を取っている」

毎日新聞 8月29日

 安倍首相の頼もしい一言。「発射直後から北朝鮮ミサイルの動きは完全に把握していた」のだから心強い。しかし、ここで言われている「完全に把握」が何を指しているのかはよくわからない。発射直後からミサイルの弾道や方向、飛距離などを把握しているのだとしたら、宇宙空間を飛んで北海道のはるか東方に落下するミサイルに対して無駄なJアラートを鳴らす必要はなかったと思われる。

 今回の北朝鮮のミサイル発射は事前通告がないものだったが、安倍首相は8月、北朝鮮が弾道ミサイルを発射した前日にあたる25日と28日のみ首相公邸に宿泊している。民進党の後藤祐一衆院議員が30日の衆院安全保障委員会で指摘した。西村康稔官房副長官は「常日頃から緊張感を持って情報分析をしている結果だ」とかわした(時事ドットコムニュース 8月30日)。政府は事前にミサイルの発射日時を把握していたのだろうか? 

 かつて安倍首相はオリンピック招致の演説で福島第一原発の事故について「アンダーコントロール(管理下)」にあると発言した。しかし、汚染水はその後も流れ続け、結局まったくコントロールできていなかったわけだが、今回の「完全に把握」も同じようなことにならないことを祈る。