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 目が良くなるにつれて、色の見え方もだんだん普通に戻りましたが、月だけは相変わらずです。いまでも月を見ると、真ん中は黄色くて、両脇が青くなっている。まるでネコの目のように綺麗です。

最初に不思議な色を見たのは脳梗塞から7カ月が過ぎた頃

 最初に不思議な色を見たのは、くも膜下出血と脳梗塞から7カ月が過ぎた頃。3カ月間のリハビリを終えて帰宅し、自宅の寝室で灯りを消して寝ようとすると、白いはずの天井に、なぜか7色の虹が見えました。180度の半円ではなく、160度くらい。視野が欠けているからでしょうか。

 その時以来、私は不思議なくらい綺麗な色が見えるようになりました。4年前がピークでしたが、いまでも花や風景は、以前よりも遥かにビビッドに見えています。

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 昔、聞いた話では、宇宙に色は存在しないのだとか。光の波長の違いを、脳が色として認識しているだけ。それも確かなものではまったくなく、たとえば水色という色名で表現されていても、相手も同じ水色を見ているかどうかはわかりません。

©iStock.com

 色で思い出すのは、前回ご紹介した『奇跡の脳』のジル・ボルト・テイラー博士とお母さんの話です。

 脳を損傷した娘のテイラー博士のリハビリにはジグソーパズルが役立ちそうだと判断したお母さんは、「出べそみたいなピースを、引っ込んでるへそみたいなピースにつなげて欲しいの」と指示を出します。明らかに間違ったピース同士をくっつけようとするテイラー博士を見て、お母さんは助け舟を出します。

「ジル、色を手がかりにしたらいいんじゃない?」

 その瞬間、テイラー博士は色が見えるようになったといいます。

「色」という概念が存在することに気づいて、初めて色が見える。

「青い」という概念が脳内にあるからこそ、「この皿は青い」と認識できるのですね。

 色は脳が見せている。

 ネコの目のような月を見るたびに私はそう思います。

※最新話は発売中の「週刊文春WOMAN 2021創刊2周年記念号」にて掲載。