子供たちに学ぶ楽しさ、目標達成感を与える
この魘夢の部分はほぼ原作通りなのだが、ここを映画化部分に選んだスタッフの判断も素晴らしいと思う。劇場映画に求める暴走列車のスペクタクル、鬼殺隊メンバーの個性と技を戦いの中で一人ずつ紹介できるわかりやすいサンドバッグぶり、すべてが劇場映画の前半導入にうってつけなのだ。
「俺にも実はこんな可哀想な過去があったんだよね」的アピールも特になく、メインイベントの煉獄さんVS猗窩座の悲劇的カタルシスに繋げてさっさとリングを降りていく引き際も見事である。悪役レスラーとしても屋上ヒーローショーの怪人としてもプロと言わざるをえない。子供たちの心に「とにかく魘夢をやっつけて面白かった。またやっつけたい」という成功体験として残り、ランキングに入るのも納得の結果だろう。
これが無惨様であったらどうだろうか。そもそもバカ強いので現段階の炭治郎たちではまるで歯が立たない上に、心臓が7つ脳が5つあるので斬っても斬ってもまるで効かず、子供たちに学ぶ楽しさ、目標達成感を与えることができない。しかも平安貴族出身のくせにやたらと他人を上から罵倒するので学習意欲を阻害し萎縮効果も生んでしまうだろう。まことに悪役として教育的問題があると言わざるをえない。
日本中のお父さんたちが今、子供たちが水の呼吸で振り回す丸めた新聞紙で斬られてみせたり、サランラップの芯をくわえた我が家の禰豆子にひっかかれたりしていることと思うが、子供たちを育てる悪役は無惨様ではなく魘夢。これを覚えていただきたいと思う次第である。
それぞれのキャラクターに人生と思想がある
すべてのキャラクターに言及する余地がなくなってしまったが、ランキング全体を見渡して思うのは、誰が何位かという話とは別に、本当によく票が分散している、これだけ多い登場人物にそれぞれちゃんとファンがついているということである。これはキャラクターの魅力と個性が立っている作劇の見事さに加え、『鬼滅の刃』キャラクター一人一人に内面と信念があるということも大きいと思う。
たとえば甘露寺蜜璃という女性キャラクターは一見コケティッシュでグラビア的なアイキャッチキャラに見えるが、大食と髪の色で女性らしく見えず見合いに失敗するというジェンダーロールからはぐれた戦う大正女性として描かれ、女性ばかりの一族で生贄として育ったため女性が苦手な男性剣士・伊黒小芭内と恋に落ちる物語が描かれる。
善逸という少年の描き方も含め、弱者男性やフェミニズムというビビッドなモチーフを持ち込みながら、それを一捻りもふた捻りもして作品に昇華している。空前のヒットによって多くの『鬼滅の刃』分析論が書かれているが、『鬼滅の刃』という作品は右派と左派、ヒット作品をめぐってしばしば対立してきた両陣営から同時に支持されるという不思議な傾向がある。
作者が押すひとつのイデオロギーで作品が染められているのではなく、それぞれのキャラクターに人生と思想があるマルチイデオロギー的作品として、右派と左派から同時に自己を投影されて支持されているのがこの作品の特異な点であるのかもしれない。
最後に、この第二回ランキングは今年の春に締め切られ、新型感染症の影響で集計が延期されていた、連載完結のかなり前の人気投票であることを付記しておきたい。物語が幕を閉じた後、映画の大ヒットで作品に触れる観客はさらに桁外れに膨らんでいる。
もしも第3回の投票があったら、ランキングはどう変わるのだろうか。「人の評価は棺の蓋を覆うまでわからない」という諺があるが、無惨様という稀代の「憎まれ役」の評価はその死によってどう変わるのだろうか。ぜひ知りたいものである。