2019年「本屋大賞」を受賞し、ベストセラーとなった『そして、バトンは渡された』から2年8カ月。学校や家庭を舞台に、心温まる物語を生み出してきた瀬尾まいこさんが、受賞後第一作となる新刊『夜明けのすべて』を上梓した。
「本屋大賞授賞式の帰り道、編集者さんが小説のことを熱く語っていたんです。今、小説が売れないと言われているけれど、本当に必要とされている物語なら、届け方を工夫すれば、ちゃんと小説は売れるはずだって。それで何本か小説の案を送って、この物語が良いと言って頂き、書き始めました」
本屋大賞を受賞したことで、これまで経験のなかった書店訪問なども初めて行った。身の回りにはどんな変化があったのか。
「書店員さんたちがこんなに一生懸命本を売ってくださっているのか、と改めて実感しました。『夜明けのすべて』にも、書店員の皆さんからすごく沢山の熱いご感想を頂き、涙が出ました。教職を離れてから、呑気に小説を書くことへの焦りというか、罪悪感みたいなものを感じていたんです。でも、そのご感想を読んでいたら、小説にしかできないことが確かにあるのだろうと感じることができました。あとは、周囲に作家をやっているというのが知られてしまいました。ママ友にサイン頂戴、とか言われたり(笑)」
今回の主人公は、栗田金属という小さな会社で働く藤沢美紗。学生時代からPMS(月経前症候群)の症状で、月に一度イライラをコントロールできなくなってしまう。いまはPMSのことを告白し、会社と同僚の理解に助けられながら日々仕事に励んでいる。
しかしある日、ささいなことで、転職してきたばかりの山添に当たってしまう。山添は美紗の八つ当たりを気にしている風ではなかったが、後日、ひょんなことから美紗は彼がパニック障害を抱えていることに気付く――。
「私自身、3年程前にパニック障害を発症しました。山添君のパニック障害の描写は、ほとんど私の実体験です。今回はデリケートなテーマでもあったので、時間をかけて大切に書きました。いつもは、とにかく楽しんでほしいと思って小説を書いていましたが、この作品は、読者の方がほっとしてくれたり、明日が楽しみになってくれたら嬉しいなと思っています」
「PMSと死ぬほど苦しくなるパニック障害を同列に並べるなんて」。山添は当初そう思い、美紗に反感を覚えるが、ふと気付く。本当にそうだろうか?
互いに恋愛感情を持っているわけではないし、友達というわけでもないけれど、2人はお互いに思いやり、助け合えると思うようになる。名前の付かない2人の関係は、どんどんいい方向に進んでいく。
「あんまり特殊な関係性を描いているつもりはありません。だって、同僚や友達が横で苦しんでいたら、手を差し伸べませんか? 私も人に頼るのは得意じゃないですが、困っている人は助けたいって思います。年齢を重ねたこともあって、おせっかいだと思われても、人に声をかけるのは平気になってきました。
自分のことは好きになれなくても、人のことを好きになることはできる。自分のためにはできないことも、人のためならってことはありますよね」
誰もが人には見えない、つらい部分や繊細さを抱えながら生きている。一日で一番暗いと言われている、夜明け前の時間。そんな時を過ごす人々に、光を差し込んでくれるような小説だ。
せおまいこ/1974年、大阪府生まれ。2001年「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年作家デビュー。05年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、19年『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞。『あと少し、もう少し』等著書多数。