うどんに適した国産小麦がなぜ現存していたのか?
しかし、ここで疑問がわいてくる。こうした希少価値の国産小麦がどうして現存していたのだろうか。それには日本の食料政策の変更が関与しているようだ。日本では今でも小麦粉は圧倒的に輸入超過である。戦後、GHQが大量のアメリカ産小麦を日本に持ち込んだことはご存じの通りである。その結果、パン食の普及だけでなく、らーめん、うどん、そばなどの麺食も一気に拡大していった。戦後は輸入小麦粉の氾濫の時代でもあったわけである。
そうした政策の要だった食糧法の改正が2004年に行われ、米を含む小麦などの穀物の価格が、競争原理で決められるようになった。その結果、輸入一辺倒だった政策から脱却し、国内産の小麦の生産を模索する麦生産者も増加するようになってきた。従来から細々と作付けされていた小麦や、新たに農林試験場で品種改良されてつくられていた小麦の中から、パンの材料やうどんなどの麺に適した小麦粉が見直されるようになり、徐々に作付けが増え始めていったというわけである。最近では丸亀製麺などの大手うどんチェーン店でも、「国内産小麦粉使用」というのがアピールポイントになっている。
「ASWなどの輸入小麦を否定しているわけでは決してないんです。輸入小麦は十分に食べられていますから、フォーカスをあてなかった。うちではまだ一般的に注目されていない国産小麦のおもしろさを再発見しようと考えたわけです」と井上さんは話す。
みずから作った小麦改良の系譜図で日本のうどんの食感を解説
そして、うどんのもちもち感と関連するアミロースの配合量からみた遺伝的改良の系譜図を井上さんは独学で調べ作成したという。一般にでんぷんはアミロースとアミロペクチンから成り立ち、低アミロース(高アミロペクチン)なほどもっちりとした食感が生まれるという。図では上が古い品種で下に行くほど改良が加えられた小麦である。
「こうした図でも古いから食感がよくないというわけではなく、例えば農林61号は1944年誕生の古い品種ですが、うどんとしてはかなりうまいし、2010年に誕生したさとのそらよりも好きだという人もいる」と井上さんはいう。なるほどなかなか深い世界だ。