「食べる」と「セックス」の区分が曖昧な世界
そもそも『BEASTARS』の重要な点は、「種族の差異」と「性の差異」がかなり曖昧な形で入れ替わり続けることである。つまり、肉食と草食の差異は、場合によっては種族(人種)の差異になり、場合によっては肉食=男性、草食=女性という性的差異になる。それがもっとも先鋭な形で表れるのは、肉食が草食を「食べる」行為においてだろう。
第1巻で、見張り番をしていたレゴシがハルに初めて遭遇し、襲いそうになってしまった場面に、それは表現されている。ハルを抱きかかえるレゴシは、ハルを「食べたい」という欲望を抱いているのか、それとも彼女を「強姦したい」という欲望を抱いているのか、不分明なのである。
この多義性は、この作品の人間(動物)関係に重大な問題を引き起こす。一見、作中では異性愛しか登場しないが、食べる行為とセックスの区別がつかないとすると、そのセックスは必ずしも異性間のものとは限らなくなるからだ。
つまり、この作品は種族(人種)間の愛という主題以外に、同性愛の主題も導入している。そうすると問うべきなのは、それが肯定的に導入されているのか、それとも否定的に導入されているのか、という問いであろう。
リズの食殺は「カミングアウト」だったのではないか
この問いに関しては、この作品が同性愛嫌悪的な構造をもっている可能性を検討せずに済ますことはできない。例えば前半の本筋である、ヒグマのリズによるアルパカのテムの食殺は、単に獰猛になった肉食獣が草食獣を食べたということではない。
クマ科の動物たちはあまりにも強力な身体が事故を起こす恐れがあるので、政府から「筋肉を萎縮させる薬」の服用を義務づけられ、リズはその副作用に日々苦しんでいる(9巻)。副作用を和らげてくれるハチミツをいつもなめているリズは、「ハチミツが好きな大人しくて大きなクマさん」と周囲に受け取られている。ところが、「リズってなんか怖いよね」と指摘したのが、テムだった。
リズは逆説的にも、率直に「怖い」と言ったテムだけが、本当の自分を見てくれたと感じる。そして、もっと「本当の自分のまま」になってテムとの距離を縮めたいと考え、薬の服用をせずにテムと会う。その結果、「本当の自分=肉食獣」となったリズはテムを食殺してしまうのだ。
リズは、「テムとの今までの思い出までも全てが幻覚」になってしまうためにも、テムの食殺を肯定する。それは、「僕の鮮やかな青春」の一部となる。リズの「本当の自分」には同性愛が含まれていないか。彼の「食殺」はカミングアウトにほかならないのではないか。