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「低度」外国人材に依存する日本

 私は一連の取材にあたって、ジエウのボーイフレンドであるカンや、上記の小牧事件の容疑者レ・ホン・ファットの元ルームメイトの自宅を特定し、タバコと缶ビールと焼き鳥を手にアポ無しで突撃することで、詳しい事情を聞くことに成功している。

 詳細は『文藝春秋』4月号記事を見てほしいが、ボドイたちが無免許運転する車両の多くは、SNSなどを通じて同胞から調達し、ナンバーや車検シールを違法に貼り替えるなどしたものだ。見知らぬ人間が酒と食べ物を手土産に持っていくだけで家に上げてくれる彼らのユルい世界と、法治意識の低さは表裏一体をなすものでもある。

小牧市でひき逃げ事件を起こしたレ容疑者の元自宅にいた、彼のかつてのルームメイトたち。ビールを持っていくだけで仲良くなれる……のだが。2021年2月19日撮影。

 ちなみに、古河市で死亡ひき逃げ事件を起こしたジエウは、警察の取り調べのなかで、事故現場から逃げた理由を「遺族から復讐されるのが怖かったから」と供述している。

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 確かに、たとえば私が知る中国南部の事例でも、山奥で交通事故を起こした際には、まず全速力でその付近の集落から脱出した後に警察に通報するのが、一昔前までは常識だった。事故現場にとどまった場合、被害者の一族や村人から報復として殺されかねないためである(村同士の戦争「械闘」が起きたり、貴州省のラブドール仙人の村で泥棒がいなかったりするのも、中国南方の農村部における私刑の慣習が関係している)。おそらくベトナムの農村でも似たような事情があるのだろう。

 ジエウは事故当時、来日6年目だった。しかし、彼女は故郷のフート省の農村と日本国との社会構造が異なることにすら気がつかないまま、長年にわたりこの国の片隅で隠れ住んできた人間なのである。ベトナムの貧しい農村から「低度」外国人材をなかば騙して連れてきている日本の労働システムの限界が、今回の事件からも見えてくる。

出典:「文藝春秋」4月号

 安田峰俊氏による「『死亡ひき逃げ』ベトナム元技能実習生の告白」は『文藝春秋』4月号および「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

 

文藝春秋

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「死亡ひき逃げ」ベトナム元技能実習生の告白