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「中国からの観光客の前で相撲を取ってもらいたい」

「スーパーの仕事は火曜と水曜が休みだったので、そこなら行けますと言って引き受けたんです」

 断続的にCMなどの仕事をこなしていると、また毛色の違うオーダーが入ってきた。それは札幌のホテルの宴会場で中国からの観光客の前で相撲を取ってもらいたいというものだった。

「元力士で髷もついてないのに汚い裸を出してウケるわけないだろうって思いました。僕は幕下だったから、せめて十両以上の人を連れていかないと華がないと思って、元十両の先輩に『一緒に行ってくれないですか』と声をかけたんです。すすきのでタダ酒飲んで帰ってくるか、ぐらいのノリでした」

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 その気恥ずかしさや気遣いは力士ならではの相撲に対する誠実さだろう。

 ただ、当日を迎えてもやはり気が乗らない。とりあえずアルコールの力を借りて恥ずかしさを振り切り、舞台の袖から飛び出した。バーンと立ち合いで当たって投げを打ち、何がいいのかもわからないまま相撲を取ってみた。

 観客の反応は田代の予想を完全に裏切るものだった。

人気のあまり、1時間ステージから降りれず…

「マグロ解体ショーや忍者ショー、芸者ショーをやって、最後がお相撲さんだったらしいんです。そこまでは『へぇ〜』みたいな感じで、お客さんのノリも悪かったみたいだけど、僕らがまわし姿で出て行った瞬間、会場が総立ちになった。30分の出番の予定が、大人気すぎて写真を撮ったりして1時間ステージから降りられませんでした」

 控室に戻って先輩と顔を見合わせた。

「すごいね、こんなに喜んでくれるの!?」

 

 それまで相撲ショーといえば、ただ太った人同士がもちゃもちゃ絡み合うだけの代物だった。衝突時の衝撃が数100kgにもなるという本物の立ち合いを素人が再現できるはずもない。四つ相撲の技術も見様見真似では人様に見せられるものにはならない。

 かといって外国人観光客が本場所を見にいこうとすれば、開催時期が限られる上にチケットも手に入れにくい。日本文化の象徴的存在としての「相撲」、自分たちが毎日当たり前のようにその一部を担っていた「相撲」。それにこれほどの価値と需要があることに気づき、田代は驚いたのだった。