休載申し入れの真相
――この本のなかで、特に笑ったのは、後輩との補欠トークや禁煙日記、中学受験の思い出など、連載時に2回、3回にわたって書かれていたシリーズものです。これらには、カウンセリングの話は出てきませんが、本として通読するといいアクセントになっていますね。
東畑 事例ばかりを書いていると、やっぱり飽きるんですよね。カウンセリングを描く話は構成がだいたい同じになってしまうので、続けすぎると金太郎飴のようになってしまうんです。だから、もう少しカラフルにしたくて、少し毛色の違う自分のエピソード中心のシリーズを書きました。楽しんで読んでもらえるのが、本にとっては一番大事なことだと思っているので。
――毎週の連載というのは、いかがでしたか。
東畑 地獄でした(笑)。僕は本当に締め切り恐怖症なので、締め切りまであと3週間あっても、締め切りがあるというだけで心が折れてくるんです。ところが週刊連載だと、書いた瞬間に7日後に締切が設定されますから、つねに締め切りに脅えながら生きていました。(長年「週刊文春」で連載している)林真理子さんはすごいですよ。
――エッセイのなかでも、締切の辛さを吐露していましたね。特に年末ぐらいに書かれた「仮病は心の風邪」というエッセイでは、休載を申し込んだとあります。これは本当なんですか?
東畑 ガチもガチですよ。エッセイでは面白おかしく書いてますけど、本当に追い込まれていました。僕の中で僕に対してものすごい要求があるんですよ。「お前、こんなの出していいのか」みたいな。それを毎週、毎日続けていくうちに、「今週は書けないかもしれない」と思い始め、ひどい状況に陥ってしまったんです。
――でも「仮病は心の風邪」というエッセイの冒頭は最高でしたよ。子どもの頃、仮病のために、パジャマの裾で体温計をゴシゴシして、37.4度をコンスタントに出せるようになったと。これも本当なんですか(笑)。
東畑 本当です。今の遠隔でピッとやる銃みたいな体温計で使えない、古き良き匠の技です。
――東畑さん自身のエピソードもカラフルすぎて、どこまでが実で、どこまでが虚なのか、ついつい勘ぐってしまいます。
東畑 自分でもよくわからなくなるんです。とある漫画界の巨匠から手紙をもらったことを親戚中に触れ回ったら、おばあちゃんからお小遣いまでもらってしまった、ということを書いたら、雑誌が出た後に、父方と母方両方のおばあちゃんから「いくらもらったの?」って連絡が来たんです。その辺は自分でもよくわからなくて(笑)。
【続きを読む 「ワクチン接種会場、心はどこにあったのか?」 “心”が見えず苦しいとき、なぜ他の人の“心”が必要なのか】
(撮影:今井知佑/文藝春秋)
その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。