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「これは工業用だ。養殖には絶対使っちゃいけないよ……」

衛生管理が行き届いているように見える加工工場

 次の目的地は台山市の養鰻業者。見渡す限り広がる養鰻池に囲まれた社屋で人の良さそうな総経理(社長)が迎えてくれた。ここは日本の大手小売業者とも取引のある企業である。安全管理体制について聞くと、よどみない口調で説明してくれる。

「今は日本に多くの禁止薬物があるだろう。当たり前だがここではすべて使っていない。税関を通る時に、政府に報告しないといけないからね。この10年間、検査でも引っかかったことはないよ。日本は毎年禁止項目を変えるから大変だが、日本向けを扱っている以上、その要求に合わせて作るしかない。ウナギは難しいんだ」

 前日にあの養鰻場で発見したホルマリンについて聞くと、総経理の顔が険しくなった。青いボトルの写真を見せる。

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「これは工業用だ。養殖には絶対使っちゃいけないよ……」

 と絶句してしまった。そしてこう続ける。

「まだこんなものを使っているのは小規模のところだろう。こういうところは買ってお金を渡したら逃げてしまうぞ。だから我々のような大きいところと取引した方がいい」

 こういう所もあるから、まだ日本では中国産ウナギへの不信感が拭えないんだ、と伝えると、総経理は顔色を変えてまくしたてた。

「こちらは中国で一番安全な食品を日本に送っているのに、それを日本人は知らないだけじゃないのか?  皆、中国って書いてあるだけで『ウエーッ』と言うんだろ?  日本は不公平な偏見を持っているよ!  日本で何か問題が出たら、すぐに政府当局に生産を止められる。1年ストップするから、我々は倒産してしまう。だから本当に意識を高く持っているんだ。さらに言えば、中国全体に安全管理の意識を高めることが求められている。そういう教育と政府の方針が大事なんだよ!」

 ホルマリンとのあまりのギャップに通訳と目を見合わせ、感心してしまう。

あなたが日本で食べている中国産ウナギは、もしかすると……

 日本の大手企業向けの寿司ネタを作っている加工工場にも入れてもらった。名刺を渡してもいない怪しい日本人を工場に入れるくらいだ。やはり相当な自信を持っている。

 白衣を着せられ、全身を消毒したのち、寿司ネタを加工している部屋に入る。冷凍した蒲焼をそのままカットするため、部屋の温度は低く保たれていた。工場は1日2回、衛生検査を行っているそうで、客観的に見ても衛生管理は行き届いているように思える。ウナギをカットする工程は、3年間に及ぶ試験に合格した人間だけが行えるという。これが寿司となって日本で暮らす我々の口に入るのだ。

 中国産にもピンからキリまである。それは確かだろう。だが、消費者は生産者を選べない。あなたが日本で口にしたその中国産ウナギは、基準をしっかり守って養殖されたものかもしれないが、もしかすると「ホルマリンウナギ」かもしれない。この総経理だって信用したいが、本当のところは何をしているかはわからない。

 そんなことを考えていると、「食べてみろ」と総経理がウナギを出してくれた。「甲醛溶液」が頭にちらついたが、おそるおそる手を付ける。

 

「どうだ、うまいだろ?」

「……うまいよ。日本で食べているのと同じだね」

 私がそう答えると、総経理はニヤリと笑った。

写真=文藝春秋