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ペンネームが「タイガー美内」になっていたかも?

 実は「鈴恵」ではなく「トラ」という名前をつけられかけたそう。

 私の1歳上に兄がいたんですが、体が弱くて、生後9カ月で亡くなったんです。ほどなく母が私を妊娠したんですけれど、「今度は長生きさせにゃいかん」と、おじいちゃんが。トラという名前の曾祖母がえらい長生きした人だったらしく、「生まれた子にはトラと名付けよう」と言い出したんですね。

 母親が「これはうかうかしてたらトラになってしまう、なんでもいいから早くつけよう」と、慌てて思いついた名前が鈴恵だったんです。

美内すずえさんは「家の中で、いつも守られている存在だった」と語る(©文藝春秋)

 もし本当にトラという名前をつけられていたら、今頃ギャグ漫画を描いていたかもしれません。ペンネームを「タイガー美内」かなんかにして(笑)。ともかく、もうひとりの兄が赤ん坊の時に亡くなっていることもあってか、ある意味過保護に育てられた。家の中で私は、いつも守られている存在だったんです。

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みんなの漫画が校庭で焼かれた時代

 家族の愛情に包まれて育った少女は、やがて漫画に熱中し始める。時代は貸本ブームまっただなか。手塚治虫、楳図かずお、さいとう・たかを……。近所にある貸本屋5軒を巡回し、棚にある漫画本は全冊読破した。

 まだ「漫画を読む子は悪い子」という風潮があって、小学校低学年の時に、「家にある漫画を持ってきなさい」と担任の先生に言われて、みんなの漫画が校庭で焼かれた時代ですから。漫画を買って自分の手元に置いておくということが、なかなかできない。お小遣いもそんなにもらえません。そうすると立ち読みの名人になるしかない(笑)。貸本屋をはしごして、1日10冊ぐらいは読んでいたんじゃないでしょうか。

 その中でもお気に入りの漫画はお金を出して借りるんですが、当時は異常な集中力で、一度読んだら全部頭の中に絵が入るんですよ。だから、学校の授業中でもどこでも、頭の中で漫画を読んでいたんです。漫画の教科書を丸暗記してるようなものですよね。

 読者をどうやって面白がらせるか、どうやってハラハラさせるか、ページをめくった最初のコマではどんな演出をすればいいか? 理屈で教わるのではなく体感で、ストーリー漫画のテクニックが入り込んだという実感があります。