パンフレット『あなたも義勇軍になれます』
さて、田河の義勇軍政策への「協力」は、すでに確認したように、その読者が義勇兵応募年齢に差しかかるタイミングでなされた点で巧妙である。つまり田河はまんが表現を自らの読者を書店に走らせる「動員」でなく、戦場への「動員」のために用いることを求められたのである。
そのために田河はまず、パンフレット『あなたも義勇軍になれます』を1940年に刊行している。発行元は拓務省拓北局。これとは別に田河の名はなく、ただ発行元に「拓務省拓務局」とあるバージョンもある。
内容は「満洲開拓の意義」をまず説き、「義勇兵になるまで」に始まり、応募から茨城県の内原訓練所での2ヶ月の訓練、現地での1年の大訓練所、2年の小訓練所を経て、小訓練所からそのまま「開拓団」へと移行するまでが描かれる16ページの冊子である(図15)。入植するまでの道筋が平易に説かれている。
義勇兵の少年を描いた「義坊」シリーズ
これと並行するのが、満洲移住協会刊行の「新満洲」(1941年1月より「開拓」に誌名変更)誌上の連載まんが「義坊」シリーズである。義坊の「義」は義勇軍から1文字をとったものであるのはいうまでもない。冊子では16ページで描かれた内容が、1940年4月号から1941年12月号、つまり先に記したように「のらくろ」打ち切りとほぼ同じタイミングまで連載まんがとして続く。
内容として目を引くのが、最初の5話分が「親父訓練」(1話目のみ「親父教育」)と題され、義坊が父親に義勇兵になりたいと申し出、葛藤する父親を説得するさまが中心的に描かれることだ(図16)。
内地で工員になれと言う父に「工場に3年勤めるとどうなるの」と義坊は問う。すると父が「其時次第でどうなるか分るものか」と答え、それを義坊は「義勇軍は3年たつと10町歩の地主様だよ」と説得する。無論、それは自ら開墾せねばならない自然環境の厳しさが前提にあるが、その現実は説かれない。こういうやりとりの果て最後に「家の為より国家の為に行くのが当り前だ」と父が得心するまでを描く、親の説得のマニュアルまんがになっているのが興味深い。
義坊が親許を離れてからは、渡満までの訓練、開拓村での生活を追う。「のらくろ」が孤児の仔犬軍隊で出世する一種の成長する出世譚であったのとパラレルの、義勇隊における少年の自立という教養小説的なストーリーになってはいる。
「のらくろ」で田河がまんがに導入したキャラクターの社会システムに沿った「出世」という手法が、青少年義勇軍というプロパガンダの内容に有効であったわけだ。その点で「のらくろ」の読者の心を打つものが相応にあったのではないか。しかしその少年と犬の成長譚は両作に前後して打ち切られ、キャラクターの成熟は中断されたままとなっている。