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 2011年度の連結最終損益は、過去最大の4550億円の赤字。ところが4年後の2015年度に1478億円の最終黒字を計上し、2017年度には営業損益が7348億円の黒字となり97年度以来、実に20年ぶりに最高益を更新した。ソニーが平井時代に復活したのは間違いない。

 だが、ストリンガーは本誌の取材に意外な事実を明らかにした。

「私の後継者として指名委員会に推薦したのは、平井さんと吉田さんの2人でした。吉田さんとは頻繁に会っていて、そのたびに素晴らしいアドバイスをしてくれました。会社の将来をよく考えているのはわかっていたので彼なら成功すると思いました。ただ、あの時は彼個人の事情もあって実現しなかったのです」

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「吉田さん」とは、子会社のソニーコミュニケーションネットワーク(当時)で社長をしていた吉田憲一郎(62)。現在のソニーグループ社長だ。

現ソニーグループCEOの吉田憲一郎氏

 1983年に東大経済学部を卒業して入社した吉田は、米国法人、財務部などを経て、98年の出井伸之社長時代には社長室室長を務めた「本流」の人だ。ストリンガーからのアドバイスがあったかどうかは分からないが、社長に就任した平井からソニー本体に呼び戻され、上級副社長兼CSO(最高戦略責任者)に就任。翌年、吉田はCFO(最高財務責任者)となり、平井と二人三脚でソニー改革を進めることになる。

 平井と吉田のコンビはどうやってソニーを復活させたのか。

「吉田さんは出井さんが大事にしていたスタッフの1人でした。出井時代は『デジタル・ドリーム・キッズ』を合言葉に、“ハードのソニー”をプラットフォーム事業体に変えたかったが、変えきれなかった。時代が早すぎたのでしょう。それが今できていると思う」

 そう語るのはソニーピクチャーズ社長を務めた野副正行だ。

「吉田さんは『10億人とつながる』と言っているけれど、この方向性はすごくいいと思う。ネットフリックスは4億人、アマゾンも同じくらいの人とつながっている。ネットの登場で音楽も映画も商売の取り組み方がすべて変わり、『人とつながる』ことが一番意味のある時代になった。こういう時代には、コンテンツの権利を持って、自社のプラットフォーム事業に活かせる企業が強い。3年前にEMIミュージックを買収したのもそういう理由からですよ」

資産で稼ぐモデル

 現在、ソニーグループの売上高構成比は、ゲームが3割、音楽と映画がそれぞれ1割前後で両者を合わせると約50%になる。

 稼ぎ頭のゲーム事業の中身を見ると、面白い実態が浮かび上がる。ゲーム事業と聞いてまず思い浮かぶのは家庭用ゲーム機だ。つまりハードウェアだが、ゲーム事業の売上高に占めるハードの割合は20%に過ぎない。ネットで配信される「デジタルソフトウェア」が21%、さまざまなゲームが遊べる月額会員の「ネットワークサービス」が14%もある。

 だが、注目すべきは、ゲーム事業で最も稼いでいるのが、34%を占める「アドオンコンテンツ」であるという事実だ。アドオンコンテンツとは、いわゆる「ゲーム内課金」。ゲームの中で敵を倒すための武器(アイテム)などを追加で購入してもらうビジネスのことだ。

 アイテムと言うと、「子供騙し」に聞こえるかもしれない。だが高度に発達した最近のゲームは1人で遊ぶのではなく、仮想空間で出会った多くの仲間と協力して課題をクリアしていくタイプのものが多い。アイテムで仲間を助けると仮想空間のコミュニティで「こいつはすごい」と一目置かれたりする。家や車やファッションに興味のないゲーム世代はその承認欲求をアイテムで満たしているのだ。

「たかがゲーム」と侮ってはいけない。2021年10月、米IT大手のフェイスブックは社名をメタ・プラットフォームズに変更した。創業者のマーク・ザッカーバーグは、成長が鈍化しているSNSの「フェイスブック」に代わり「(ネットワーク上に生まれる仮想的な商業空間である)メタバースの開発を事業の中核に据える」と宣言した。

 ソニーのゲーム事業の稼ぎ頭であるアドオンコンテンツは、まさにこのメタバースであり、世界の投資家がそれを評価しているからこそ、株式時価総額がトヨタに次ぐ国内2位にまで上昇しているのだ。

 海外の投資家がソニーを高く評価する理由の一つに「リカーリング」(継続的課金)のビジネスモデルがある。商品やサービスを「売り切って終わり」ではなく、毎月や毎年、会員に一定額を課金するビジネスで「サブスクリプション(会員登録)型」とも呼ばれる。映画やドラマをネット配信するネットフリックスや、ネットショッピングの配送料が無料になり、映画や音楽も楽しめるアマゾン・ドット・コムの「アマゾン・プライム」が代表例とされる。