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 2018年、ソウル永登浦(ヨンドゥンポ)区のある大規模マンションに青年賃貸住宅(駅周辺2030青年住宅)を「貧民マンション」と侮蔑したチラシが貼られた。マンション住民が中心となり結成された非常対策委員会が青年賃貸住宅に反対するのは次のような理由だった。1、マンション価格の暴落 2、軟弱な地盤 3、交通の混雑 4、日照権、眺望権、周辺環境の破壊 5、貧民地域化・スラム化による犯罪や治安問題等イメージの悪化 6、児童青少年問題、地域の荒廃 7、保育権、教育の脆弱地域化、等。まだ工事が始まってもおらず、入居する若者が誰かもわからないのに、若者らはいとも簡単に「潜在的犯罪者」「荒れる青春」などと問題にされた。

 ワンルームに、考試院に、半地下に、屋上部屋に、まるで卵のパックに1つずつ入った卵のようにバラバラに、分断されてしまった若者たちの声は、「非常対策委」の高出力アンプを通したような大声にかき消されて聞こえてこない。こんなことがあちこちの学生街や地域で繰り返される。2013年の高麗大学学生寮反対、2015~17年の漢陽(ハニャン)大学学生寮反対、2016年の城北(ソンブク)区東小門洞(トムソムンドン)の幸福寮反対……。

「いちばん怖いのは小学生を狙った性犯罪です。女の子の母親として幸福寮の話を聞いて最初に思い浮かんだのは性犯罪です」「住宅街に商業的な要素がある学生寮はふさわしいでしょうか? 若者が大挙して入ってくることで居住環境が劣悪になり、性暴力事件が多発する確率は高いです」

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 上に引用したものが、東小門洞の幸福寮に反対する人びとの論理だった。はたしてこんな主張を本当に我々の社会が真面目に受け取って、目の前の若者たちの暮らしを「後回し」にしてもいいものなのか?

「区長、市・区会議員、国会議員等、選挙が重要な政治家たちは不法を働く大家たちと同盟を結び、何も持たない若者たちの力になる人は誰もいません。大学の寮ができない根本的な原因は、建築許可の権限が区庁など自治体にあるからです。区長や郡守(※郡の長。郡は市より人口規模等の小さい自治体)など自治体の選挙で選ばれる公務員たちが違法建築物規制などの権限を持っており、この人たちは既得権を持つ既成世代の政治的圧力から自由になれないのです」(チェ・ウニョン韓国都市研究所長)

 そうしている間にも若者たちの住居はさらに劣悪になり、なによりも圧倒的な住居費負担で生活そのものが成り立たなくなってしまう。考試院の坪当たりの家賃が15万2685ウォン。ソウル市にある8区のマンションの平均家賃は坪当たり4万6437ウォンであり、考試院はマンションよりも坪当たりの家賃では3.28倍も高い。また若者の3人に1人(37.1パーセント)は、仕事をしているか求職中にもかかわらず貧困状態に陥っている。

「若い時の苦労は買ってでもしろと、だから狭くて高い家で暮らさなければいけないんでしょうか。住居権保障は国家の責務です。保証金500万ウォンに管理費などを入れて月に70万ウォンの部屋代を払えば、ご飯を食べるお金にも苦労することが多いのです。生活費の半分以上を部屋代にとられてしまう、私はいつの間にか「ハウスプアー」になってしまったんです」(20歳、大学生 チョン・ギジュさん)

 大家の横暴、若者の声を代弁できない政治、学生に住居の世話をする義務を怠っている大学、既成世代であるオーナーの肩を持つだけの法と政策など、どこをとっても若者に好意的な条件はなく、「10人中3人(37.2パーセント)」という、もうこれ以上見過ごすことはできない若者の住居貧困の実態を調べるために、再び現場を訪ねることにした。

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搾取都市、ソウル ――韓国最底辺住宅街の人びと (単行本)

イ・ヘミ ,伊東 順子

筑摩書房

2022年3月2日 発売