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「手を抜くわけにはいかない」運動会で他の保護者をごぼう抜きにした“元阪神・鳥谷敬”…彼がわが子に伝えたかったこと

『明日、野球やめます』 #2

2022/07/26
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 親戚が亡くなったような時も、親父から連絡があるのは、すべてをつつがなく終えてからだった。毎日試合に出ていたので、祖父や祖母のお葬式に行くこともできなかったし、来いとも言われなかった。もっとも、もし祖父や祖母の容態が明日をも知れない状態だということがわかれば、いくら自分が連続試合出場中だったとしても、ひと目会うために、試合を休んでお見舞いに駆けつけていただろう。そういう自分の性格を親父は誰よりもわかっているからこそ、あえて何も知らせなかったのかもしれない。

 メジャー移籍を目指した時も、阪神をやめる時も、現役を引退する時も、全部自分で決めるというスタイルを貫いてきた。「自分で決めたことは最後までやりなさい」というのが、唯一とも言える鳥谷家の教え。そこは、しっかりと受け継いで守っているつもりだ。

5人の子どもたち

 年齢を重ねれば重ねるほど、両親に対するありがたさというか、自分がやってもらってきたことの大変さを感じるようになった。小さい頃は、親父が野球や柔道の練習を手伝いに来るのが、めちゃくちゃ嫌だった。でも、それがどれだけ大変なことなのか、今になってわかる。自分の子どもが習い事をしていて、毎回送り迎えをすることが、どれだけ難しくて、どれだけ愛情がないとできないことか。子どもの時の自分には、わからなかった。

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 大学を卒業するまで、親父は毎週必ず練習を見に来て、何かと手伝ってくれていた。さすがに、自分はそこまではできないが、親父にしてもらったことは、自分の子どもたちにしてあげたい。それが、自分が親父からもらったものだと思っている。そして、子どもたちにはまた、それぞれの子どもたちに同じことをやってほしい。決して、イクメンなどとは言えないタイプだし、自分をよく見せたいとも思っていない。親父に対する感謝の気持ちを、親父自身に何かしてあげるという形で返すのではなく、親父にしてもらったことを自分が子どもたちにするという形で返していきたい。

 我が家には、5人の子どもがいる。予定では2人か3人と思っていたのだが、気がつけば5人になっていた。子どもたちからすると、親がプロ野球選手かどうかは関係ない。家にいる時間はプロ野球選手ではなく子どもたちの父親なので、父親として当たり前だと思うことをやってきた。習い事の送り迎えも、できる時はするし、運動会の日が休みであれば、もちろん行く。リクエストされたことには、可能な限りなんでも応えるスタイルだ。

写真はイメージです ©iStock.com

 運動会で親が参加する種目に出場し、全力で走って、他の保護者をごぼう抜きにしたことがあった。そこまで本気を出さなくても……と思われていたかもしれないが、普段から自分が子どもたちに「なんでも手を抜かず、全力でやれ」と言っているのに、自分が手を抜くわけにはいかないので、全力でやっただけだ。

 野球をやめて、今までよりも家にいる時間は増えたが、いい父親だとはまったく思っていない。習い事の送り迎えの間に、ランニングや最近始めたゴルフの練習などをしながら、自分なりに楽しんで時間を使っている。ゴルフはめちゃくちゃ下手くそで、一度コンペに参加したらブービー賞という恥ずかしい結果だった。