しかし、注意しなければならないのはギランバレー症候群だけではない、と江田医師は語る。
「あまり知られていませんが、カンピロバクター腸炎などの感染性腸炎になった後、約3割の人が『過敏性腸症候群』を発症しています。過敏性腸症候群とは、内視鏡などの検査では異常が見られないにも関わらず、下痢や腹痛が続くというもの。症状が強い細菌性胃腸炎を経験した人が、細菌がなくなったあとも、お腹に慢性的な不調を抱えてしまうことがあるんです。これを『感染後過敏性腸症候群』と呼びます。
そして、数ある感染症のなかでも、過敏性腸症候群に移行するケースがもっとも多いのが、カンピロバクター腸炎なんです」
3カ月以上、下痢や腹痛が続いていても検査では異常がないため、治療法がわからず、いくつもの病院を受診した末に江田医師の元を訪れる患者も多いという。なぜ、過敏性腸症候群になってしまうのだろうか?
「私たちの体はウイルスや細菌に感染すると、それを攻撃する『抗体』を作ります。じつはカンピロバクターの菌体と、人間の神経の一部の構造はよく似ているため、抗体がカンピロバクターと勘違いして腸管の神経を攻撃してしまうのです。すると、腸管の動きを司る神経に障害が発生します」
抗体の攻撃を受けた神経は炎症を起こし、腸の細胞は腸管の動きを活性化する「セロトニン」を過剰に分泌するようになる。腸がよく動くのは悪いことではないが、活発になりすぎると水分が腸で吸収される前に、下痢の状態で体の外に出てしまうそう。実際、感染後過敏性腸症候群の患者の多くは“下痢型”だという。
「鶏料理を食べてから、何年も調子が悪い」
「患者さんに話を聞くと『あの日旅館で出された鶏料理を食べてから、何年も調子が悪い』『数年前にハワイであの水を飲んだのがきっかけだった』など、お腹の具合が悪くなったタイミングを鮮明に覚えているのも特徴です。なかには、その後10年以上も悩んでいる人もいます」
過敏性腸症候群を発症すると、常にトイレを気にするようになる。生活が制限されるため「カンピロバクター腸炎に罹ってから人生が変わってしまった」と述懐する声も江田医師はよく耳にするという。その代償はあまりにも大きい。
「カンピロバクター腸炎から、過敏性腸症候群に移行する症例は、若い人や女性に多く、嘔吐がなく、下痢だけだった人に多いというデータもあります。生や半生の鶏肉を食べるのは当然NGですが、鶏肉を調理したあとはしっかり手を洗うように心がけてください。
また、カンピロバクター腸炎に限らず、夏場に下痢になった場合は何らかの食中毒を発症している可能性があります。“たかが下痢”と甘く見ず、早めに医療機関を受診し、便の培養検査も受けましょう」
「鶏肉は脂肪分が少なく消化しやすい良質なタンパク質であり、病院では術後食などにも使われています。私も鶏肉を患者さんにすすめていますが、特にこの時期には調理法には気をつけて食べましょう」と江田医師。
一生モノのトラウマと、過敏性腸症候群のリスクを背負うカンピロバクター食中毒。やはり鶏肉は、十分に火を通して食べるのがベストだ。