しかし、西九州新幹線の開業後、肥前浜駅から長崎側は非電化区間になるので、電車の「36ぷらす3」は走れなくなる。このため同列車の運行は長崎本線を通らない新ルートに変更されたのが、肥前浜駅にだけは立ち寄ることになった。肥前山口(江北)駅から長崎本線に入り、肥前浜駅で約50分停車してから引き返すダイヤにしたのである。「JR九州としては、わざわざ引き返してまでも、立ち寄りたい駅だったのです。住民の地道な活動があったからこそだと思います」と木原係長は解説する。
鉄道の裏通りになっても、努力次第では「表」になる可能性がある証拠だろう。
ただ、非電化という制約にどうしても阻まれてしまう地区もある。
しかし、その制約を撥ね除け地元住民たちは…
肥前浜駅からさらにもう一つ長崎側にある肥前七浦駅(鹿島市)。普通列車しか止まらない無人駅だ。
この駅の近くには「道の駅鹿島」がある。同施設が面した有明海では毎年、「鹿島ガタリンピック」が開かれてきた。干潟でムツゴロウ漁に使う「潟スキー」の競争をしたり、干潟に渡した板の上を自転車で走ったりするイベントである。
観客が約3万人も訪れるため、JR九州は肥前七浦駅に特急列車を臨時停車させていた。が、これはもう不可能になる。
肥前七浦駅は平屋建ての小さな駅だ。特別なものは何もない。だが、わざわざ駅舎を見に訪れる人がいる。
戦前の建築というレトロな木造駅舎。地元集落の女性達がきれいに掃除をしているので、無人駅特有のすさんだ雰囲気はない。駅事務室は戸が取り払われて、まるで喫茶店のような机と椅子が置いてある。机や棚の上には、花が活けてあった。近くに住む70代の女性が毎朝4時半に起きて、自宅の庭から切り花を持って来るのである。住民が持ち寄った本の図書コーナーもあった。
国鉄時代から駅にあった金庫は、錆びているものの、落ち着いた色調の敷布が掛けられており、焼き物も置かれてインテリアのようになっていた。
駅舎の入口にはしめ縄が飾られていた。これはかなり珍しいのではなかろうか。約130戸ある地元の集落では、神社のお守りとして全戸の玄関にしめ縄を飾っている。「駅も大切な場所なのだから」と、家と同じように飾りつけだのだという。
人々の温かさが感じられる駅舎だった。
駅には来訪者ノートが置かれていた。「来てみたいと思っていました。想像通りすてきな駅」「楽しい旅気分になりました」などと駅舎を掃除する女性達へのメッセージが並ぶ。