1ページ目から読む
3/5ページ目

『君の名は。』を歴史的ヒットに導いた“決定的に新しかったこと”

 では本作に新しいところがないかといえば、それもまた「違う」のである。まず本作で新海監督は、「キャラクター」と長編を支えるに足る「考えさせるドラマ」の2つを新たに手に入れており、この新しい要素こそ歴史的ヒットの根底にあるものだ。

 田中将賀がデザインしたキャラクターは、内面を感じさせる繊細な演技も可能でありながら、シルエットによるキャラクター性の印象付けが巧みで、それまでの新海作品の登場人物よりもずっとポピュラリティーを得やすい仕上がりとなっている。

 こうしたキャラクター性の強さはそのままポスタービジュアルや予告編の訴求力の強さに繋がった。「持ち方が少々わかりにくかった新海作品」に誰もが持てる“取手”がついたのである。

ADVERTISEMENT

 また本作は、キャラクターの行動レベルで示される内容と、行動を引いた目で見たときに読み取れる(解釈が可能な)内容がずれている。その点で、登場人物の行動がそのまま“作品の結論”と直結する『星を追う子ども』よりも、観客が自分の受け止め方について思考を巡らす余地が大きく用意されている。2011年の叙情から叙事への転換が、「考えさせるドラマ」というところまで到達したのである。

「男女の心が入れ替わる」というアイデアは先行作にもあるが…

 では「叙事」としての『君の名は。』はどういう作品なのか。

 ポイントは本作の中心をなす、2人の主人公・瀧と三葉の心が入れ替わるというギミックにある。「男女の心が入れ替わる」というアイデアは先行作にもあるが、本作の特徴は、その入れ替わりが非対称なものであるという点にある。

 作中で明かされる通り、三葉は「他人の心と入れ替わる」という特殊な能力を先祖伝来のものとして受け継いでいる。つまり瀧は「三葉の能力によって偶然選ばれた存在」ということになる。

 先行する「男女入れ替わりもの」はなんらかのトラブルで心が入れ替わるが、それはどちらかに入れ替わりの主体があるわけではないものが多い。

『君の名は。』の場合は、三葉の能力によって起きたという点を意識すると、「村の危機を救うための能力を持った少女が、その能力を使って未来の手助けを借り、目の前の危機を乗り越えようとする」というストーリーが浮かび上がる。