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 東日本大震災の時、あの実況映像をニュースとして見ることができた人間は、無力な第三者に過ぎなかった。そしてそうした人間は今も当事者たり得ない。瀧は、そういう“遠い”人間として描かれているのである。

 だからこそ瀧は、当事者の記憶を持ったことでようやくニュースの中の不幸と自分が地続きであったことを思い知るのである。しかしその時、無力な第三者にできるのは「忘れてはいけないことを忘れないこと」だけなのだ。

 この展開から浮かび上がる「遠い不幸を自分のことと考えうる想像力」は本作の中核にあるポイントであろう。瀧はつまり、いろんなものを「ニュース」として見ている私たちのアバターなのだ。

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『君の名は。』の“表と裏”

 ここまで考えてみると『君の名は。』は、序盤で「表のログライン」に含まれる“入れ替わり”を進めた後、実は中盤(『前前前世』が終わった後から)で、瀧サイドの「隠れたログライン」へと物語をスイッチする。

 そして瀧の忘却を巡る物語(これは小道具として大きな役割を果たす組紐が象徴する「伝える」ということとも対比されている)を中盤で描いた後、終盤で口噛み酒による時空の超越を経て「三葉が村を救う」というログラインを展開する。そしてエピローグで再び「表のログライン」へと戻ってくる。

 表のログラインは、講演で新海監督が語っている通り、本作のエンターテインメント性を支える非常に強固なものだ。だが本作の真にドラマチックで観客の心に迫ってくる部分は、2つの「隠されたログライン」のほうではないか。この3つのログラインを組み合わせたストーリーテリングが、『君の名は。』という作品の奥行きを生んでいる。

 本作のヒット以降アニメ映画に、光を意識した美術、ファンタジックな要素を取り入れた青春もの、挿入歌を流すシーンなどが増えたといわれるが、それはたしかにそうであろう。大ヒット作とはそういうものだ。

 しかし、後続作に与えた影響が本作の本質かといえば、当然ながらそうではない。作品の本質はこうしてみると、3つのログラインを組み合わせないと語れないものがあると構想した、そこにある。この複雑さが『君の名は。』を、単なる10年代の代表作に留めないものにしているのである。

※『君の名は。コレクターズ・エディション』特典ディスク「平成28年度佐久市図書館講座『君の名は。』の物語~現代の物語の役割~」