建物の維持に莫大な費用がかかる
――温泉の温度が快適かどうかでは値段がつかない、とは納得です。また旅館の皆さんは「旅館は装置産業だから施設投資の負担が大きい」とおっしゃいます。やはりそうした経費もかさみますか?
遠藤 うちの場合は築100~200年経っているので、建物の維持に莫大な費用がかかります。特にここは豪雪地帯なので、2~3メートルも積もる雪から建物を守るために、年に何回も雪おろしをしなければならず、かかる費用はひと冬で大体130万円くらい。だからといって近代化するつもりはありません。古さこそが価値ですから。よく流行るコンテンポラリーな建物の神通力は長くて10年。うちはそのカテゴリも限界もとっくに超えています。
――秘湯の宿経営というだけではなく、この秘湯で暮らす厳しさもありそうです。
遠藤 秘湯で暮らす苦労は加速していく過疎化と後継者問題ですね。
私も子育てしていますが、140年近く続いたこの地域の小学校が数年前に閉校になりました。学校は町にあるので、通わせるのも大変だし、習い事もさせてあげられない。私自身も山から降りるのは週1回あるかないかなのです。住んでいる人がどんどんいなくなっていくし、子育てにますます困難を感じますし、家族と共に暮らすことに、現実の問題が立ちふさがりますね。でも私たちは守るものがあるので、ここから動くことはできない。
――まさに後継者問題につながるお話ですね。
遠藤 私は子供たちに「跡を継いで」とは言ってないんですよ。自分の人生を生きてほしいし、縛るつもりはない。どうしてもここに残り宿をやりたいのであれば、それなりの覚悟が必要だということを私の仕事を見せながら身をもって教えています。私がお客様に謝る姿も見せています。人と人との繋がりを大切に守っていくことがこの旅館業だって言葉で教えても、結局、見せないと分からないだろうから。
崖から滑り落ちて怪我したことも
――央子女将の仕事を見せて、お子さんはどのような反応を示されましたか?
遠藤 今、中学2年生の息子と小学5年生の娘と子供が2人います。「お母さん、頑張りすぎだよ」と気にしてくれますが、「大変だけど、楽しそうだ」と思ってくれてもいるみたい。私が「きつい、もう嫌だ」と言わないからでしょうね。きつい仕事だと思ってしまったら、旅館業はその通りになってしまうので、そういう印象を持たせないように意識しています。
湯守の作業をしていて、崖から滑り落ちて怪我した姿も見ています。山に行く時に、たまに一緒に来てくれるんですが、私が湯守をやっていることに対しては、ホームページの女将ブログを読んでいるので、誇りに思ってくれています。
――もっとも身近な応援団のような存在でしょうか。
遠藤 私は毎日、温泉の温度を確認しているのですが、お客様が夕食を摂る18時~19時くらいに娘とお風呂に入っています。「あ、ちょっと熱い。樋に落ち葉が詰まっているかも?」と、直ぐにお風呂からあがり、外に様子を見に行く。その姿も娘は見ています。