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「1日あたりの平均乗車人員が1名程度」だった廃駅が車窓を通り過ぎていく

 6時前後になり、少しずつ空が白んで車窓に景色が映るようになる。朝もやがかかった平野部で各駅に停車していく。いずれも無人駅だが、越後須原、上条と続けて行楽客らしいグループが乗ってきた。今日は平日なのだが、日常生活の足として乗っているような人の姿は見られない。

 6時15分、「柿ノ木」という線路際の立札が車窓を掠める。ここには平成27年まで、柿ノ木という名の駅があった。1日あたりの平均乗車人員が1名程度と極端に少なかったのが廃止理由で、駅の痕跡は車窓からはほとんど何も確認できなかった。

かつての柿ノ木駅跡を通過。利用者減少により平成27年に廃止され、今は跡形もない

 平成23年の集中豪雨当時、新潟県に属する小出~大白川間は被災から13日後に復旧し、県境をまたぐ大白川~只見間も1年2ヵ月後に運行再開しているが、地元の利用客が長年にわたって少しずつ減り続けているのは、11年間待ち続けた今回の復旧区間に限った話ではないのだ。

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 その柿ノ木駅跡を通過して約5分で、新潟県側最後の駅・大白川に到着。反対ホームに停車していた大白川始発の1番列車が、十数人の地元客を乗せてまもなく出発していった。

 

朝もやに包まれる大白川駅。ホーム右下を流れる渓流のせせらぎがよく聞こえる

 山間部の小さな駅なのに小出行きの始発列車があるのは、この先の大白川~只見間が六十里越という峠越えの区間で只見側との生活圏としての繋がりが小さく、地元客の流れが大白川以西でほぼ完結しているからだろう。

 ホームに立つと、駅の南側を流れる渓流のせせらぎと鳥のさえずりがよく聞こえるだけで、駅前の国道には車も人影も見当たらない。

 大白川を出て、全長6,359mの六十里越トンネルを抜けて福島県に入ると、崖の中腹に設けられている線路保護のためのスノーシェッド(雪覆い)の中で、田子倉という駅の跡を通過する。

県境を貫く六十里越トンネルを出て新潟県から福島県に入る
スノーシェルター内に残る旧・田子倉駅ホームを通過

 廃止されたのは平成25年だが、平成23年7月の集中豪雨によってこの区間が運休すると、翌年10月の大白川~只見間の復旧時にもこの中間駅は営業を再開せず、そのまま翌春に廃止された。つまり、実質的に11年前の集中豪雨によって廃止に追い込まれた只見線内唯一の駅ということになる。

 柿ノ木駅と異なり、峻険な山岳地帯の奥深く、外界から隔離されたような場所にある田子倉駅の跡は、スノーシェッドの中にあるホームや地上の駅舎が今も撤去されず、10年近く時間が止まったままのように放置されている。会津若松行きの列車からは左側の車窓、あるいは前方か後方を見ていると、誰も立ち入れず山の中で静かに眠る旧駅を間近に眺めることができる。