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 こう書くとさぞかし資産家の男性と結婚したのだろうと思うかもしれないが、結婚後の生活費、そしてオーストラリアで学びたいという元夫の学費を稼いで支えたのは実質的に妻の宮村優子であったという。

『アスカライソジ』の中で宮村優子本人が語るように、日本での声優キャリアを犠牲にした、数年の献身の果てに待っていたのは相手男性の「俺のやりたいことじゃなかった」という言葉であり、2016年の離婚の結果、宮村優子は2児のシングルマザーとなる。これが朝ドラなら相当に炎上することは避けられない展開だ。アスカじゃなくたって相手男性に「あんたバ……」という名台詞を叫びたくもなるだろう。

 宮村優子の話によれば、今も2人の子どもの教育と生活は宮村優子1人の労働にかかっている状況のようだ。「結婚してもできる職業」という少女の夢は、とんでもない形で叶えられてしまったことになる。3月末には、シングルマザーとしての子育てをコミカライズした作品の原作を担当することも発表された。

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「何回か倒れて、ノドに注射を打って」

『アスカライソジ』を読んでいて感じるのは、そんな波瀾万丈の運命と自由奔放の反逆が渦を巻く宮村優子の半生を、先輩声優たちが妹を見るように温かく支える様子だ。

 オーストラリア行きを思いとどまらせようと説得した先輩声優の岩田光央は宮村優子を「猪突猛進」と評する一方「放っておいたら死にそうな人」とも評し、声優界のカリスマであり、綾波レイ役で共演した先輩でもある林原めぐみは「私が昔、宮村は、安野モヨコさんの『ハッピー・マニア』の主人公に似ているって話したことを覚えている?」と暴走主人公に宮村優子をなぞらえる。

 アスカ・ラングレーに劣らぬほど起伏の激しい宮村優子の人生を先輩声優たちが優しく見つめるのは、アスカと同じように宮村優子の影にも本人が語らない辛苦や誠実さがあることを知っているからだろう。碇シンジ役の緒方恵美は対談集の中で「(エヴァブームの)当時ひどい目に遭った声優No.1、2、3を並べたら1位か2位のどっちかは宮村優子だと思いますよ」と語る。

 対談の文脈上、それは声優ブームによってワイドショー番組に呼ばれた時、タレントや司会者から見下したり嘲るような扱いを受けることが多かったという当時の時代背景に触れたものだが、過去のインタビューを読み返すと当時エヴァブームでブレイクした後の多忙な生活はさらに過酷だ。

 2016・2017年に綜合図書から発行された『声優プレミアムvol.1・2』という2冊のインタビュー集がある。「90年代女性声優ブーム」とサブタイトルがついたそのムックは、当時の声優たちが経験したブームの中の過酷な経験が収録されている。

「何回か倒れて、ノドに注射を打って現場に行って。その繰り返しで」「(アスカ)役に入り込むしかなかったので、自分も精神汚染でした。凄く病んでいて。あの頃ラジオで、岩田光央さんは私の病み具合に驚いていたんじゃないかな。オンエア中は頭がおかしくなったぐらいのハイテンション。反動が出てましたね」

 宮村優子は『声優プレミアム』の中で当時をそう振り返る。