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「今すぐ母の元へ行きたい!」60代女性が山で行方不明に…帰りを待つ夫と子どもに伝えられた“悲しい事実”

『「おかえり」と言える、その日まで』より #2

2023/04/13
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 資料には、山頂の写真は載っていたが、その次の写真は山頂を越えた、さらにその先の稜線の様子のものだった。仲間たちが登った春の段階では山頂には道に迷うような危険性があるとは思ってもみなかっただろう。

 さらに、Yさんが登った日は土砂降りだった。おそらく雨具のフードを深くかぶっていただろう。当然、左右の視野は狭められ、しっかりと見回さないと、正しい登山道を見ることはできなかったはずだ。

 私は「Yさんは、竜喰山山頂から沢に向かう道に間違えて入って遭難したのだ」と確信した。

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遭難には性格が影響する

 道迷い遭難の場合は特に、遭難者の性格が反映される。

 Yさんの息子さんたちに「お母さんはイケイケなほうか、慎重なほうか?」という質問をした。答えは「イケイケなほうですね」とのことだった。

 例えば、慎重な性格の登山者だったら、途中で元来た道を戻ろうとし、その最中に足を滑らせ滑落するというケースも考えられる。では、Yさんの場合は、間違ったルートに入ってしまった時、どう考えどう行動したのだろうか……。「前に進めばとりあえず下山できる」と考えたのではないだろうか。

©AFLO

 もしくは、途中で戻りたくても、引き返せなくなったのかもしれない。Yさんが歩いたと思われるルートには、四つん這いにならないと降りられないほどの急斜面もある。

「これ以上は行けない」と思って振り返ったとしても、疲労が溜まった中で、もう一度そんな急な斜面を登ろうという気力が残っていたかどうか。

 釣り師が使うルート上でYさんが道迷いをしているとしたら、私たちの捜索の計画も大きく変更する必要がある。

 それまで私たちは、登山道から滑落しそうな場所を、実際に下に降りて捜索していた。

 というのも、ちょうど捜索を開始したころに偶然、「沢の方に3日間ほど行く」という釣り師の方と遭遇し、「もし、行かれる先に遭難者がいたら、通報してください」とお願いしていたからだ。山岳遭難捜索は、時間との闘いでもある。さらに、捜索すべき範囲も広い。時には、一般の方に声を掛け、力を貸してもらうこともある。釣り師のルートは一応手を打てたので、登山道からの滑落に絞って、捜索を続けた。

 今、私たちは登山道のある山梨県側を拠点にしているが、釣り師のルートを捜索するならば、埼玉県側から入山し本流の沢沿いに登っていった方がいい。山の中をいくつも流れる「枝沢」は、最終的に1本の「本流」に合流する。つまり、Yさんの持ち物が、どこかの枝沢から流されたとしても、本流をたどれば、そのどこかで見つけることができるかもしれないからだ。

 本流で見つけられたら、枝沢をひとつひとつ調べていけばいい。ただし、沢がある場所は山深く、一度入ったら日帰りはできないだろう。テントも必須だし、ロープやヘルメットなどの登攀用具、滑りやすい沢に適した、ソールがフェルトやウール、ラバーになっている靴といった装備も必要になる。捜索の計画の練り直しを捜索隊の中で相談していた。