Yさんがそのルートを選んだワケ
Yさんの登山仲間数名と連絡が取れた。数日後、現地へ来てくれ、これまでのYさんの登山スタイルや、今回このルートを選んだ理由などを聞くことができた。
それで分かったのは、今回、Yさんがたどったルートは、登山仲間たちがその年の春に登ったものであり、その時のルートについてまとめた資料を、参考としてYさんに渡していたということだった。
その資料を見て、私の疑問が氷解した。
そこには、ルートの要所要所の写真と、簡単な説明文が載っていた。これと照らし合わせれば、私が最初見つけられなかったルートの入り口の赤いテープも、簡単に見つけられただろう。
一方で、大きな問題点があった。
それは、この資料の写真は春に撮られたものだということだ。
Yさんが登ったのは夏。当然、山の中の植物は成長し、ルートの風景は大きく変わっている。
中でも一ヶ所、とくに気になるポイントがあった。
竜喰山の山頂には足元に「竜喰山 2011m」という山頂の標高を示す看板が置かれている。
春に仲間が撮った資料写真では、その看板の周辺にはまだ草は生えておらず、うっすらとだが登山道も見て取れる。だが、Yさんが登った夏の時期には、大人の膝下くらいの高さまで草が生い茂っていた。それは、山頂から次の目的地へ向かう登山道が分かりにくい、ということを意味する。
Yさんの次の目的地、大常木山へ通じるルートへ進むには、山頂で看板の前に立ち、直角に右に曲がるように進まなければならない。
しかし実際にその位置に立つと、地面に置かれた看板を越えて左手奥、11時の方向にうっすらと獣道ができているのが分かる。
その先には、沢がある。夏になるとヤマメなどを狙う熟練の釣り師が多く訪れる。もともと登山客が少ない山のため、釣り師が山頂から沢に向かって歩く道だけ草が踏まれ、正しい登山ルートのように見えるのである。
天気が良ければ、山頂から飛龍山まで伸びる稜線が見えたはずだ。しかし、Yさんが登った日は雨で霧が立ち込め、稜線は見えない。コンパスやGPSを持っていたら、釣り師が歩くこの道が登山ルートではないことは容易に分かるはず。でも、仲間から受け取った写真だけを参考に登山をしていたら……。