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「ホンモノのクルマ作りをしたことがない人が上にいる」…モノ言うエンジニアが絶望し、巨大メーカーを去ることに決めた“上層部への忖度”

『どんがら』より#2

2023/04/06
note

だが、大きな問題が発生した…

「ほら見ろ! けちった結果がこんな始末だ」

 と多田は怒ったが、高級スポーツカーは大衆車のように急な増産がきかないので、いつになったら乗れるのか、という客や販売店から届くクレームの矢面に立たされた。スープラ90はオーストリアのマグナ・シュタイヤーに委託生産し、ベルギーのトヨタで検査をして船便で送るから時間がかかるのである。

 最大の販路だった米国では1月、デトロイトで全世界に向けたスープラ発表会を開いたのだが、事情があって実際に発売したのは半年後である。たちまち購入希望者が販売店に押しかけた。肝心の在庫はほとんどなく、しばらくの間、プレミアがついて10万ドル近くで取引された。ちなみに、米国は販売方法が日本の予約方式と違って、ディーラーにある在庫車を売るというやり方なので、どうしても欲しいという客は割り増しを承知で乗っていくのだという。

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 こうしたプレミア人気も追い風になって、スープラは北米を中心に順調に売れた。

 初年度は販売期間が年の後半ということもあり、全世界の販売台数は5770台(うち日本は880台)だったが、翌年の2020年は倍近い1万830台(日本2650台)を数え、2021年8月までの累計販売台数は2万4670台(日本4390台)に上った。日本だけを見ても、2019、2020年の2年間でライバルの日産フェアレディZ(890台)の3.5倍、GT−R(1440台)の2.5倍近くを販売した。

 さらにスープラは2019年11月、ドイツで最も権威のあるゴールデンステアリングホイール賞を、8年ぶりにフルモデルチェンジしたポルシェ911を抑えて受賞した。ポルシェ911はモデルチェンジのたびにこの賞を取ってきたため、下馬評を覆してスープラが授賞したニュースは、ドイツトヨタの面々までびっくりさせた。

 だが、授賞式の多田が「チーフエンジニア」と呼ばれることはなかった。

なぜ功労者が呼ばれることがなかったのか

「開発の区切りがついた」として、スープラ発表の少し前の1月1日付の異動で、チーフエンジニアから格下の主査になっていたからである。彼は2年前に定年の60歳を超えていた。当初は「今のままの立場で五年間働く」といった特例の雇用延長だったのだが、名古屋駅前の名古屋オフィスに転出するように机が用意された。開発の拠点である本社の技術本館を後にしたのだった。