1ページ目から読む
3/3ページ目

「草食系の夫」や「不思議系の男性」といった言葉が具体的にどのような男性を指しているのかは不明だが(ジェンダー規範から逸脱した男性にそのようなレッテルを貼る社会こそ、「不思議」であるように私には思える)、それはさておき、「しばらく前まで、育休を取ったという男性には、第一と第二のタイプが多かった」のに対して、最近増えている第三のタイプが、「自他ともに認める『エース社員』の男性が育休を取得するケース」であるというのが、ここでのポイントだ。エリート男性にとって、育休はキャリアの「疵」というより「武器」になるというのである。

 その点を裏付けるために、筆者の渥美由喜は、内閣府の委託を受けて自身が2005年に作成した「スウェーデン企業のワーク・ライフ・バランス調査」の結果をここで紹介している。役員、中間管理職、ホワイトカラー、ブルーカラーという4つのタイプに仕事を分類したとき、役員の育休取得率が他のそれより高かったというのだ。

 渥美はこのデータをもとに「育休を取った人は出世している」という結論を導いているが、本当にそうなのだろうか? 「役職につく男性のほうが、(仕事の時間を自らの裁量で柔軟に調整できるために)育休を取りやすい」という可能性はないのだろうか?

ADVERTISEMENT

「育児は出世への第一歩」という幻想

「イクメンは出世する」のか、「出世するからイクメンになれる」のかという問いに対して本書は明確な答えを提示することはできない。ただ少なくとも、ここで明らかなのは、近年の日本における「イクメン」本がホワイトカラーのエリート男性を主なターゲットとしており、「育児は出世への第一歩」という幻想を生み出していることである。

 私はここで、そのような幻想がすべての男性にとって「役に立たない」と言いたいわけではない。これらの本のメッセージが特定の読者層に刺さるのであれば、そのことには何の問題もない。たとえば、自由度の高い職業についている人にとっては(大学教員である私もそのひとりである)、「子どもが生まれて時間が制約されると業務の効率性が逆に上がる」という知見は確かに有益だし、心の支えにもなるはずだ。

 それでも、なぜ一部のエリート男性だけが「イクメン」本の想定読者となるのかという問いには、大きな意義があるように思われる。ここで興味深いのは、『新しいパパの教科書』(2013年)の事例である。

『新しいパパの教科書』(画像:Gakken公式サイトより)

 NPO法人のファザーリング・ジャパンにより執筆されたこの本は、極めて実用的な育児書だ。産後の女性の心身をどう労るべきなのか、おむつを替える方法は、保育園はどう選ぶべきなのか……。すべての「新しいパパ」にとって有意義な情報が、この本には詰め込まれている。

 それにもかかわらず、この本の帯に書かれているのはサイボウズの「自称イクメン社長」、青野慶久によるこのような言葉である――「育児は21世紀のビジネススキル」。確かに、全部で175ページあるこの本の数ページには「子育てにコミットすることで、様々な仕事力が向上」するという類いの主張が含まれている。けれども、本章で紹介してきた他の「イクメン」本とは違い、この本の大部分を占めているのは新生児が生まれた家庭の日常生活を回していくための実用的な知恵である。

 すべての新しい父親に読まれるべきこの本が、なぜ「ビジネススキル」という言葉が刺さるような特定の父親に向けてパッケージ化されなくてはならないのだろうか? ビジネス書(あるいは広い意味での自己啓発書)でなければ売れないから? それとも、社会のなかで強い影響力を持つエリート男性の意識を変革すれば、社会は変わるから?

 個々の「イクメン」本が特定の読者をターゲットとすることに問題があるわけではない。けれども、大部分の「イクメン」本が似たような読者層に向けて書かれている――あるいはそのようにパッケージ化されている――のであれば、話は別である。そこから排除されている読者とは誰なのだろうか? 「イクメン」本のなかで不可視化されてきた男性に光を当てたとき、理想となる男性像はどのように変化するだろうか?