人はなぜ夢を見るのか? そして、意外と知られていない「夢の効能」とは? 作家の橘玲氏の新刊『シンプルで合理的な人生設計』より一部抜粋してお届けする。(全3回の2回目/#1、#3を読む)
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眠らないと死んでしまう
そもそもヒト(動物)はなぜ眠るのだろうか。じつはこれはずっと謎で、1970年代には「睡眠にはなんの役割もない」と大真面目に唱える学者もいた。
だが、睡眠が必要なことは明らかだ。これは動物実験でも証明されていて、ラットを眠らせないと平均15日で死亡する。
睡眠を奪われたラットは体中の肌がぼろぼろになり、足や尻尾も傷だらけだった。死後の解剖では、肺に液体がたまり、内出血があり、胃の内壁にはあちこちに潰瘍ができていた。肝臓、脾臓、腎臓などの内臓はサイズも重さも減少していたが、ストレスに反応する副腎は逆にかなり大きくなっていて、副腎から分泌されるコルチコステロン(不安と関係があるホルモン)の量が突出して多かった。
研究者たちは、睡眠を奪われたラットの死因が、ラット自身の腸内にいたバクテリアによる敗血症であることを突き止めた。睡眠不足により代謝機能だけでなく免疫機能もまともに働かなくなったことで、通常ではなんの問題もないバクテリアが暴れ出して生命を失うことになったのだ。
眠る理由としてもっとも有力なのは、「ハウスキーピング機能」説だ。オフィスビルを掃除するには、昼間よりも誰もいない夜間の方が効率がいい。同様に睡眠は、昼間の活動中にはできないことを行なう時間なのだ。
1950年代に、睡眠中に覚醒時と同じように眼球がすばやく動くことが発見された。これがレム睡眠で、この浅い眠りのときにわたしたちは夢を見る。
それに対して、急速眼球運動のないノンレム睡眠はN1、N2、N3と眠りが深くなり、脳波が大きくゆっくりしている深い眠りは「徐波睡眠」と呼ばれる。
この徐波睡眠(N3)のとき、脳の基底部にある下垂体から成長ホルモンが分泌される。子どもは眠っているときに成長するが、その役割が徐波睡眠に割り当てられたのは、この時間の身体にはほかにやることがないからだろう。
睡眠は抗体の産生やインスリン分泌の調節にもかかわっている。睡眠中は免疫反応が活発になり、抗体生産性が上がるので、ワクチンの効果を最大限に引き出すにはじゅうぶんな睡眠が欠かせない。インスリンの調節にも睡眠は必須で、「健康な大学生でも、4時間睡眠を5日間続けただけで前糖尿病状態になった」という報告がある。