「あれじゃ変化なんて起きるはずないじゃん」
ツイッターへの高い関心を寄せるマスクは、同社の一部取締役から同社に関わってほしいと内々に求められていたという。3月31日にはツイッターCEOもまじえて面会した。ツイッタースタッフが指定した打ち合わせ場所はなぜか、トラクターとロバがいっぱいいる農場だった。
ツイッターCEOに対して、すごくいい人だ、と感じたマスク。けれども、マスクの信条は「経営者は人に好かれることをめざすべからず」である。すなわち、すごくいい人ゆえ経営者として相応しくない、との判断を抱いたのだ。
このときまでは、マスク自身がツイッター取締役へと就任するはずだった。けれども、現在のツイッター取締役について、マスクは弟にこう愚痴っていた。
「みんないい人なんだけど、ツイッターを使っている人がいないんだ。あれじゃ変化なんて起きるはずないじゃん」
そして、ツイッターCEOに以下のようなメッセージを送る。
「取締役にはなりません。時間の無駄です。株式非公開化を提案するつもりです」
すべてを自分が掌握しないと気がすまない、とばかり敵対的買収に転じたのだ。メッセージを受け取ったツイッターCEOは、悲痛な叫び声をあげるしかなかった。
そののちマスクはバンクーバーへ飛び、恋人のグライムスと夜通し『エルデンリング』というゲームに没頭した。魔物に満ちたファンタジー世界の、燃えるように赤い地獄的な風景が広がる一番危険なエリアでプレイしていたという。グライムスはこう証言する。
「寝ずに、朝5時半までプレイしてたんですよ」
その直後、マスクは「申し入れをした」とツイートする。
「(ツイッターは)遊園地みたいに楽しいからだ」
マスクはなぜツイッターを買収したのか。かつて自分が創業したXドットコムで夢見たビジョン、すなわち金融決済のできるソーシャルネットワークの可能性をツイッターに見ていたことが大きい。
だが、マスクの深層心理を知る伝記作家アイザックソンは、ほかにもふたつの理由を推測している。
“(ツイッターは)遊園地みたいに楽しいからだ。政治的な平手打ちもできる。知的剣闘士の試合もある。ばかばかしいミームもある。大事な発表もあれば、価値のあるマーケティングも、しょうのないだじゃれもある。ふるいにかけられていない意見もある。おもしろくないはずがない。”
もうひとつの理由とは、ツイッターがマスクにとって心が焦がれる場であり、究極の遊び場だから、というものだ。
“子どものころ、マスクにとって遊び場とは殴る蹴るのいじめにあう場所だった。(中略)骨の髄まで痛みが染み入り、ちょっとしたことに過剰な反応をするようになってしまった面もあるが、同時に、この体験があったから、マスクは世界に立ちむかえるようになった、必ず最後まで全力で戦い抜くようになったのだ。
オンラインでもリアルでも、へこまされた、追いつめられた、いじめられたと感じると、父親にディスられ、クラスメートにいじめられた、あの超痛い場所に心が立ち返ってしまう。その遊び場を自分の手中に収められる日がついに来たのだ。”
“自分の遊び場"となったツイッターに乗り込んでいったマスク。そこで彼は、一体どのように振る舞ったのだろうか——。