「崖から飛び降りました! 覚悟はできておりまーす!」
それに呼応して歓喜の声が湧き起こる。緑の布を振り上げ、人々は彼女の名を連呼した。
「百合子! 百合子! 百合子!」
アスファルトとコンクリートで作りあげられた大都市の、うだるような暑さの中で。
天皇が生前退位の意向を伝えた夏、彼女は圧倒的な勝利を収めると女性初の都知事となった。それから早くも、4年の歳月が経とうとしている。
平成という時代が終わり、眼の前から過ぎ去りつつある。
ひとつの時代は社会を代表するものが記述された時、初めて歴史になるという。ならば、私たちは誰を語り、誰を描けば、平成を歴史とすることができるのだろうか。将来、誰を時代の象徴として記憶に留めることになるのだろうか。
時の流れは速くなりテクノロジーの進化によって、情報量は格段に増えた。人気者も、権力者も、あっという間にいなくなる。生まれては消えていくスターたち。記憶におぼろな出来事の数々。代表者なき時代、それが平成の特徴だという皮肉屋の声も、どこからか聞こえてくる。
ならば、そこにもう一つ、「女」という枠を与えてみたらどうだろう。少しは答えが出やすくなるか。平成を代表する女性は、誰か。そう考えてみた時、初めて彼女の名が思い浮かんだ。
「権力と寝る女」という揶揄も
「しょせんは権力者の添え物」、「時代の徒花」といった冷めた意見や異論もあることを知っている。だが、添え物にしろ徒花にしろ、そこにはやはり、時代の特徴とでもいうべきものが、現れていると見るべきだろう。
彼女は平成のはじまりに、華々しくテレビ界から転身して政治家となった。
2世、3世ばかりの政界で、たとえ政権交代があろうとも、沈むことなく生き抜いた。
「権力と寝る女」、「政界渡り鳥」と揶揄されながらも、常に党首や総理と呼ばれる人の傍らに、その身を置いてきた。権力者は入れ替わる。けれど、彼女は入れ替わらない。そんな例を他に知らない。