自らを「芦屋令嬢」と称し、名門・カイロ大学を“首席で卒業”。そしてニュースキャスターから政治家の道へ―― 小池百合子(71)は類まれなる自己演出力を発揮しながら、権力の頂点へと続く階段を上り続けてきた。しかし、その経歴には多くの謎があるのもまた事実。彼女は一体何者なのか?

 ここでは、ノンフィクション作家・石井妙子氏が3年半にわたる徹底取材を行い、小池氏の素顔に迫った『女帝 小池百合子』(文春文庫)から「序章」を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/続きを読む)

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 その人はひどく怯え、絶対に自分の名が特定されないようにしてくれと、何度も私に訴えた。同じような言葉をこれまでに、いったいどれだけ耳にしたことだろう。

 ある日を境に電話に出てくれなくなってしまった人もいれば、家族が出て来て、「二度と近づいてくれるな」と追い払われたこともあった。皆、「彼女を語ること」を極度に恐れているのだ。

 彼女のことを古くから知るというその人は、躊躇いながらも上ずる声で話し出すと、憑かれたように語り続けた。

「なんでも作ってしまう人だから。自分の都合のいいように。空想なのか、夢なのか。それすら、さっぱりわからない。彼女は白昼夢の中にいて、白昼夢の中を生きている。願望は彼女にとっては事実と一緒。彼女が生み出す蜃気楼。彼女が白昼見る夢に、皆が引きずり込まれてる。蜃気楼とも気づかずに」

 確かに蜃気楼のようなものであるかもしれないと、私は話を聞きながら思った。

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 世間には陽のあたる坂道を上りつめた女性として、おそらくは見られていることだろう。女の身で政界にこれだけの地歩を築いたのだから。けれど、彼女自身は果たして「自分」をどう見ているのか。頂に登り周囲を見下ろし、太陽に近づいたと思っているのか。それとも、少しもそうは思えずにいるのか。

 ただ一つだけ、はっきりとしていることがある。彼女は決して下を見なかった、ということだ。怖気づいてしまわぬように。深淵に引き込まれないように。ひたすら上だけを見て、虚と実の世界を行き来している。

緑の戦闘服に身を包んで

 2016年夏、日本の首都は異様な熱気に包まれていた。

 都知事を決める選挙に、突如、彼女が名乗りを上げたからだ。緑の戦闘服に身を包み、彼女は選挙カーの上で叫んでいた。足下の群衆に向かって。