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発掘!文春アーカイブス

2018/05/05

source : 文藝春秋 1996年11月号

genre : ビジネス, メディア, 働き方, 企業, 商品

いらないものはいらない

 皆さんも、お持ちになっている家電製品で、使い方がわからず、全く使ったことがない機能がいくつもある製品があるでしょう。ワープロやビデオにもそういうものがあります。これは、大企業が作る製品だからではないか、私などそんなことを考えることもありました。

「ゲームボーイ」の場合、ハードもソフトも同じ部内で開発していました。ハード屋に指示を出し、ソフト屋にそのハードでどんなことができるのかを検討させたのを見て、またハードのこの部分はいらない、ソフト屋はそんな機能は使わないといった作業を繰り返します。だからこそでき上がった商品はまるっきり贅肉のないものになりました。

 つまり、いらない機能を全部捨てたからあの値段でできたのです。私は娯楽という分野ではそれが非常に重要なことだと思います。

 もちろん、コンピュータだとそうはいきません。パソコンは誰がどんな目的で使うかわからないので、あらゆる機能をくっつけるしかない、という設計思想で作っているからです。これはある意味では正しいと言えるでしょう。

 しかし、技術者の心理として、あと1%値段を上げればこんなこともできるという感覚が積もり積もって、いっぱいよけいなものがついたものができる――そういうことは「大企業」ではよく起こることなのです。私がいう「大企業」とは、大きい企業という意味ではありません。「すきま」意識、商品開発意識が欠けた企業という意味です。

シアトルの米国任天堂 ©文藝春秋

 私はたとえ1%でも、いらないものはいらないんだという考えで削っていきました。

 それでいわゆるユーザーがほんとに必要とするものだけの商品ができ、コストも最低のものができ上がってくるのです。

 実際、娯楽品のような不要不急の商品は安くなければ売れません。しかも玩具の場合、10万セット売れてワーッと喜ぶような業界ではなく、1000万売らないと話にならない世界なのです。

「世界にまだない商品」は「最先端技術を使った商品」ではない

 最先端技術に関しても、飛びつくな、じっと見守れ、娯楽に使える値段まで落ちた時に狙えと言いつづけてきました。『ゲーム・アンド・ウォッチ』の発想も、かつて数十万円もした電卓がポケットサイズで3000円ぐらいになって、これは使えるということになって生まれた。

 本当の先端技術を使ったら売れるものはできません。娯楽の世界ではそんな高い商品は誰も買ってくれないのです。私は世の中を見て「枯れた技術」を使えと言っている。

 たとえば画期的な技術があるとします。それで物を作ると1個の部品が何万円もする。これが大量生産されていろんな産業機械とか民生機器に使われていくと、1個100円ぐらいに落ちていく。そこからがわれわれの出番なのです。

 もともと先端技術は娯楽品を作るために出てきたものではありません。軍事であったり医療であったり、そういうもののために出てきた技術です。それがだんだんいろんな用途に使われていくうちに値段が安くなっていく。

 しかし娯楽に使おうとはまだ誰も考えつかない――――そこを狙うのが利口なやり方であり、私が言う「世界にまだない商品」の開発なのです。

 別な言い方をすると「枯れた技術の水平思考」です。炭素繊維がいい例でしょう。最初は宇宙開発に使われ、次に飛行機の主翼になり、結局身近になって釣竿とゴルフクラブでヒットしています。

 ソニーのウォークマンがいい例です。先端技術がヒット商品に結びつくわけじゃない。ソニーの技術でなければできないものでもけっしてない。ああいう閃きこそ重要なんです。

 今度発売になった『NINTENDO64』はそういう意味では私の商品開発哲学とは違います。だからといって『64』が間違っているなどと大それたことも言いません。『64』が大ヒットすればその考えもまた正しかったということでしょう。

 しかし、私は、『ゲームボーイ』流の「すきま」商品が好きであり、今後もそういう仕事が続けたかった。そう考えてゆくと、任天堂をやめ、独立するしかない――という結論に達したのです。

無から有を生む人間

 この9月にKOTOという会社を設立しました。KOTOとは、古都京都を意味します。私の育った町であり、任天堂がある町であり、そしていろんな工夫がこらされた都市を象徴する意味でつけた社名です。オフィスもちょっと凝ったものにしてみました。昔の京都の民家をそのまま残し、中側をぐっとハイテクに変えたつくりです。

 この会社はいわゆる研究施設、ラボラトリーたることを目的に作りました。つまり、開発部をそっくりそのまま会社にしたようなものなのです。KOTOは企画を考えるだけで、製品を作ったり売ったりするのは別の会社となります。KOTOはいくら増えても、30人以上の会社にはしたくない。ものを考えるのにそんなに人がいてもしょうがない、それが私の持論だからです。