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 決して裕福とは言えない家庭で育った陳は、学生時代に友人からお金を借りてタブレット端末を手に入れ、ネット上にイラストを投稿して日銭を稼いだ。そして22歳の年に、蓄えた資金を元手に北京市内のアパートで起業する。もちろん陳にエンジニアの経験はない。投資家から見向きもされず、途中で運転資金が不足するなど、アプリの開発は困難の連続だったという。だが、14年12月にサービスを開始すると、自らが描いたウェブトゥーン作品が世間の話題となり、わずか2カ月で利用者数が約200万人に増加した。今では3億人の大台を超えている。スタートアップ企業ながら、巨大ITのテンセントや動画配信大手のビリビリが運営する漫画アプリを押しのけて中国トップの座に座る。

 アプリは初期の姿から徐々に変化を遂げ、現在はウェブトゥーンのほかに、1話あたり数分のミニアニメを柱としている。これは、ウェブトゥーンのコマが自動で動く様子をイメージしてもらえれば良い。声優が登場人物を演じ、物語の展開に合わせて効果音も入る。本格アニメほどの迫力はないが、スクロールの連続で指が疲れないことから、スマホ片手にだらだらと過ごす「寝そべり族」と呼ばれる若者らの間で視聴が広がる。このほか、ライブ配信機能を設けて、作者とファンがオンライン上で交流できるようにしたのも特徴だ。21年に国有系投資銀行などから2億ドル超を調達すると、海外進出を加速させた。クリエーターの医療保険や健康診断などの費用を負担し、福利厚生の拡充にも力を入れている。

©AFLO

近年、AIを使った画像生成の技術が急速に進化

 創作環境が整備されて描き手が増えれば、表現の規制が厳しいとはいえ作品のレベルも上がる。総人口が14億人に達する中国は、潜在的なクリエーターの層も当然厚い。北京市内で活動するウェブトゥーン作家の浅野龍哉は「中国の作家は創作への情熱に溢れ、驚くほど絵の上手な人が数多くいます」と話す。もともと浅野は日本で漫画を描いていたが、鳴かず飛ばずの日々が続いたことから心機一転、15年に移住。現地の大学で日本語や横読み漫画の描き方を教えていた。だが、学生が夢中になって読むのは、スマホ画面に映るウェブトゥーンだった。新時代の息吹を感じて自身でも縦読みの制作を手がけるようになり、20年には、顔を失ったダークヒーローを主人公にした『faceless(フェイスレス)』を快看で連載した。浅野は言う。

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「日本人は日本漫画が世界で一番面白いと思っていますが、中国ウェブトゥーンの質の向上は目覚ましいものがありますよ。しかも、最近は(中国が得意とする)AIを使った画像生成の技術が急速に進化しています。もしかしたらデジタル時代の『ONE PIECE』は日本ではなく、海外で生まれるのかもしれません」