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世間からは「ゴミの島」のレッテルが貼られ、豊島産の農産物や魚介類は消費者から敬遠された。こうした風評被害から「豊島」とつけば出荷ができず、「ブランドの名前を変更しろ」などと理不尽な対応を余儀なくされた島内の事業者も多い。
そして、最大の問題は90万もの膨大な産業廃棄物がそのまま置き去りにされていたことだ。豊島開発は事実上、廃業している状況下にあったことから、住民は県に対して公害調停を申し立て、いっさいの廃棄物の撤去、そして原状回復を要求。公害調停とは公害紛争処理法に基づき、裁判に代わって当事者双方の互譲による合意に基づいて紛争の解決を図る手続きのことだ。
不法投棄から22年――ようやく手に入れた「謝罪」
一丸となった住民は香川県庁前での150日間にわたる抗議をはじめ、県内全市町村へのメッセージウォーク、東京・銀座での産廃を掲げたデモ、香川県内100カ所座談会などを実施。こうして、2000(平成12)年6月に香川県との和解が成立、当時の香川県知事・真鍋武紀が「産廃の完全撤去と無害化処理」を約束するとして正式に謝罪した。不法投棄が始まってから22年、公害調停の申請から7年が経っていた。