早稲田大学時代は3年時に箱根駅伝で区間賞(区間新)&総合優勝を果たし、実業団では世界選手権や2度のオリンピックに出場した花田勝彦さん。引退後は指導者として上武大学を箱根駅伝初出場に導き、連続出場を果たした。

 現在は母校の競走部駅伝監督に就任し、さらなる高みを目指す花田さんは、池井戸潤さんの『俺たちの箱根駅伝』をどう読んだのか――。

 ロングインタビュー前編です。

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「マラソンは芸術だ」という教え

――花田監督は以前から読者家だというお話を、陸上関係者の方々から伺いました。

花田 上武大学の監督時代には、選手たちに合宿で本を読んでもらって感想を書かせたり、早稲田でも3分間スピーチという取り組みをしています。陸上というのは専門的なことだけをやっていてもだめで、やはり色んなこと、たとえば政治経済で活躍する人の話を聞いてインスピレーションをもらったり、他のジャンルの知識を吸収することが大事だし、さらに自分が思っていることを相手に伝える、表現するということが必要だと思うんです。

 

 そういう風に考えるようになったのは、大学時代の指導者だった瀬古利彦さんの「マラソンは芸術だ」という教えがきっかけですね。絵画でも音楽でも、いいものを観たら、人間は感動するじゃないですか。白いキャンバスに色を重ねて、あるいは譜面に音符を連ねて、時間をかけてひとつの芸術作品を創り上げていく。マラソンを走ることもそれと一緒で、まずは一歩の歩みからはじめて、どういう風にゴールまで走るか、走りを通して芸術を完成させることで、観ている方を感動させるんだと思います。

 当時、瀬古さんには、「例えば12月の福岡国際マラソンに出るのであれば、3カ月から半年くらい準備期間がある中で、12月〇日の12時にスタートしてからの2時間が最高の時間になるよう、ひとつの作品を創り上げるつもりで準備をしなさい」と言われました。その積み重ねで、3回目のマラソンとなる福岡で2時間10分台を出したときは、レース後、ホテルで感情が込み上げてきて泣きました。同じように、箱根駅伝で走る1時間という時間の中で、自分をいかに表現するかということは、よく選手たちにも話をしています。