「記録文学の巨匠」吉村昭氏は、戦史文学でも非常に優れた多くの作品を遺した。『戦艦武蔵』『帰艦セズ』『深海の使者』『総員起シ』などがその代表作だが、その圧倒的リアリティを支えたのは、氏がたった一人で行った太平洋戦争体験者への膨大な数の証言インタビューだった。

 その数多のテープ記録から、選りすぐり9人の証言を集めた『戦史の証言者たち』。本書から、山本五十六連合艦隊司令長官の戦死、いわゆる「海軍甲事件」勃発時、長官機の護衛任務についた戦闘機隊のただ一人の生存者である柳谷謙治氏の証言の一部を紹介する。(全2回の第2回/前編を読む)

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1機は黒煙を吐いてジャングルへ、もう1機は白煙を吐いて海上へ

吉村 最初見たときは、まだ撃ってなかったんですか。

柳谷 撃ってないです。まだ近づかないですから、回り込みの態勢だったんです。それで、私たちも急速に行動を起こしたわけですよ。それで、トップにきた敵機を撃退したのですが、後続機が一式陸攻を攻撃していましてね、多勢に無勢といいますか、どうすることもできないんです。敵機は、一式陸攻に目標を定めて突っ込んでくるんですから、必死でくるんですから、手に負えないんです。

吉村 こういうことはいえませんか。私もよく東京でB29の空襲を見ていたんですが、それを迎撃する日本の戦闘機が一撃して反転し、またB29を追うときは、たいへんな距離が開いている。

柳谷 開くんですよ。一撃して、もう一回向こうの飛行機をたたき落とすという態勢を整えるには、そうとうな時間がかかる。

吉村 護衛戦闘機がP38を追撃しているあいだに、ほかのP38が一式陸攻のほうへくっついちゃったという感じなんですね。

柳谷 そうなんです。そのうちに、P38を撃退して態勢を整えた時には、長官機か参謀機かわかりませんが、1機は黒煙を吐いてジャングルのほうに突っ込んでいくし、他の1機も白い煙を吐いて海上のほうへ……。

吉村 別々にですね。

被弾、炎上する山本五十六長官搭乗の一式陸攻。ジャングルに墜落した

柳谷 そうです。奇襲をうけたので2機が逆の方向へ分れたんです。2機一緒ですと、目標が集中してしまいますからね。海のほうへ1機が不時着、1機はジャングルに突っ込んでゆきました。海に不時着した機は、炎上はしませんでした。

吉村 水しぶきを上げて落ちるのが見えたんですか。

柳谷 そんな細かいところは見ていません。見ていませんけれども、態勢をたて直して見たときには、ジャングルに落ちた機から煙が上がっていました。

吉村 炎も上がっていたんですか。

柳谷 炎も少しみえましたね。煙は真っ黒で……。そんなことを見ている暇はなく、私はブインの飛行場へ直行しまして、飛行場の左のほうから突っ込んで行って、低空200メートルくらいで、緊急合図の射撃をバーッとしたわけですよ。緊急事態発生ということを知らせたわけです。基地でも気づいて、何かあったらしい、おかしいというので戦闘機が急上昇してきたわけです。私は、すぐに引返して敵機をとらえようとしたのですが、すでに退去したらしく一機も見えません。しかし、敵機はガダルカナルの基地にもどってゆくはずですから、それを追いかけたんです。どんどん高度をとって約30分追ってゆきましたらね、コロンバーラ島附近を、P38が単機で悠々と飛んでるんですよ。高度3500メートルで飛んでいる。向こうは気がつかないわけです。私はP38よりも1000メートルぐらい高度をとりましてね。一撃のもとに撃ったんですよ。命中しました。墜落はしませんでしたけれども、真っ白い燃料をスーッと吐いて、海のほうへ突っ込んでいきました。おそらく不時着したか、帰れなかったのではないでしょうか。それで機首を返して引返しましたが、私がブインの飛行場に下りたのは一番あとでした。岡崎(靖)二等飛行兵曹機はエンジン故障で、ショートランド島の近くのバレラ島飛行場に着陸していました。

吉村 5機が帰ったわけですね。

柳谷 そうです。米軍の公式記録によると、「ゼロ戦を2機撃墜した」と言っていますけれども、そのような事実はありません。

吉村 すると、柳谷さんたちの護衛戦闘機がP38を追い払っているうちに、他のP38が長官機と参謀長機を襲ったというわけですね。

柳谷 そうです、残念ですが……。飛行場におり立ったら、森崎中尉が基地の指揮官に報告していました。1機はジャングルに不時着し、炎上。1機は海上に不時着、これは大抵大丈夫じゃないか、ジャングルに突っ込んだ機に乗っていた者は多少けがをしたかもしらんけれども、戦死ということはないのではなかろうか……と。確認していませんが、希望的にですね。