2024年3月に放送作家を引退したのを機に、「小説SMAP」をうたった『もう明日が待っている』を刊行。SMAPの素顔を余すところなく描き出したのが鈴木おさむさんである。
テレビの世界を離れて半年。いまこそ語れる「SMAP論」を、存分に披露していただこう。今回はSMAPの末っ子・香取慎吾の、内に秘めた人知れぬ葛藤について。(全2回の2回目/前編から続く)
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最後の収録のあと、セットにそっと…
10代のころより、テレビの世界の中心で活躍し続けてきたのが、香取慎吾さんです。早いうちに確固たる地位を築いた彼が、さらに飛躍を遂げたのは2000年のこと。「おっはー」というあいさつセリフを発する慎吾ママに扮して歌う「慎吾ママのおはロック」が大流行したのでした。
以来、彼の存在感はますます増して、SMAPのなかでも「木村拓哉とは違うスター性」を発揮し、より輝かせていきました。
そのあたりから、僕ら番組をつくる側のスタッフと、香取慎吾さんとの打ち合わせが増えていきます。番組の構成や演出について、スタッフが彼の意見や考えを求め、頼るようになっていったのです。香取慎吾さんは自由奔放なキャラのふりをしながら、いつだって番組全体のことがきちんと頭に入っています。主たる演者であることを超えて、番組制作に欠かせぬブレーンとしての役割も担っていくこととなります。
SMAPの活動でいえば、香取さんはさらに以前から制作側の顔を併せ持っていました。彼らのコンサートの全体構成は、香取さんもがっつりと関わってつくられていました。実際にステージに立つ者の視点から意見が得られるというのは、このうえなくありがたいものです。香取慎吾さんはSMAPを、表と裏の両面から支え続けていたということになります。
そんな香取さんが、自身の「ホーム」であるSMAPを失くしたときのつらさと喪失感は、どれほどのものだったか。想像することすらできません。彼は悔しさや悲しみを言動には直接出さないほうなので、表面的には取り乱したりするようなこともありませんでした。
ただ、『もう明日が待っている』にも書いたように、『SMAP×SMAP』の最終回が収録された際の彼の行動は「らしい」ものだなと感じました。収録が終わり、出演者が収録現場を去り、残ったステージセットをスタッフが片付けている最中のこと。人知れず香取慎吾さんがひとりスタジオに戻ってきていました。セットに近づいて、そっとセットの柱にキスして、何も言わずにまた立ち去っていきました。
だれに見せるわけでもなく、感情を露わにするのでもないけれど、相手への敬意と愛情は最大限に示す。それが香取慎吾さんなりのサヨナラの表現なのでしょう。
SMAP解散の翌年に、彼が長らく出演してきた『SmaSTATION‼︎』も終わりを迎えます。制作スタッフとして僕が楽屋へ出向いておつかれさまと伝えると、
「本当におつかれさま、ありがとう」
としみじみ言って、しっかり肩を抱き合い、そのあと記念写真も撮りました。長い付き合いで、ふだんそんなことはしないというのに。いっしょに何かをつくってきた仲間への想いが、本当に熱くて深い人なのだと感じました。