日本は南北に長いし、山間部も海辺も島もあるわけで、気候もだいぶ違います。今は地球温暖化が進んでますが、寒い北海道と東京あるいは九州などを比べると気候もだいぶ違いますね。新潟や山陰あたりを中心に豪雪地帯があります。

あのあたりは世界的に見ても豪雪地帯だと思いますけれども、そういうところに行くかどうかというのもかなり大きな問題です。裁判官官舎の屋根に豪雪地帯だからといって電気で雪を融かして落とすという装置をつけたのはいいけれども、電気代(金額は知りませんが)は裁判官個人持ちだというので、お金がかかるから使ってないという話を聞いたことがあります。それは東京に勤務している裁判官には関係ない、予想もつかないことかもしれませんが。そういう気候差が大きいということも知る必要があります。

スーパーで保釈中の被告人とばったり

そのほか、文化とか遊びのチャンスとか、買い物のチャンスとか、みんな任地によって違いが出てきます。東京は、文化的にも経済的にも中心都市ですから、東京で揃わないものはないぐらいだろうと思いますけれども、小さい町に行けばかなり制約されてしまいます。何か習い事をしようと思っても、大都市に行けば先生もいるし学校もあるけれども、地方都市に行けばそんなことは無理ということもあるだろうと思います。

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そもそも、地方都市は人口が少ないこともあり、ちょっと買い物に出ただけで、あれは裁判官だと住民に気づかれたりします。本当に気が抜けないのです。

以前、スーパーで買い物をしていたら、勾留中のはずの被告人とばったり会って、「脱走したのか⁉」と、びっくりしたことがありました。よく考えてみれば、なんのことはない。先週、私が担当裁判官として被告人の保釈をOKしたことを思い出しました。とはいえ、先方も私に気付いたようで、お互い、挨拶をするでもなく、なんとなく居心地が悪かったことを覚えています。大都市にある裁判所と違って、狭い地域だと、そういうこともあるんです。

そういう意味で任地による差は大きいです。これは転勤族一般に共通のことで詳述するまでもありませんが、要するに裁判官もまた他の転勤族と同じく俗人の環境にどっぷりとつかっているのです。

井上 薫(いのうえ・かおる)
弁護士
1954(昭和29)年東京都生まれ。東京大学理学部化学科卒、同修士課程修了。司法試験合格後、判事補を経て1996年判事任官。2006年退官し、2007年弁護士登録。著書に『司法のしゃべりすぎ』『狂った裁判官』『網羅漢詩三百首』など。