エドガー・アラン・ポーは1841年に発表した「モルグ街の殺人」において密室殺人を扱い、世界初の推理小説を書いたと言われる。ポーについて書かれた文章は枚挙に暇がない。近作に目を向けるだけでも、新保博久、法月綸太郎による往復書簡『死体置場で待ち合わせ』ではポーのルーツを四方山話的に探っていくし、「ハヤカワミステリマガジン」誌上で連載していた荒岸来穂「陰謀論的探偵小説論」は、陰謀論とミステリの関係性を多角的に論じ、最終回ではポーの「モルグ街の殺人」が備えていた陰謀論的要素の指摘に見事着地する。
約2世紀もの間、世界中のミステリ好きの心をくすぐってきた作家、ポー。彼が1844年に書いた短編に「犯人はお前だ」という作品がある。これまでの一般的な評価としては、喜劇的で、探偵小説のパロディ的な作品という評価に落ち着き、「探偵役」の扱いがアンフェアという指摘も多くなされた。
斯様に評価が高くない作品なのだが、『謎ときエドガー・アラン・ポー』で著者は異を唱える。「犯人はお前だ」では、読者が気付かないような形で、或る未解決殺人事件が起こっており、ポーはそれを解き明かすためのヒントも十分に与えている、というのである。
著者は原文に残された奇妙な言い回しや、複数の箇所にまたがる照応関係に目を付け、ポーが目指していた理想――読者参加型の推理小説という構想を炙り出していく。この過程が実にスリリングであり、斬新だ。特に重視されるのが「鏡像関係」であり、このキーワードが発せられた途端、「犯人はお前だ」のみならず、読者もよく知っているはずのポーの名作群、例えば「モルグ街の殺人」や「盗まれた手紙」に、続々と違った光が当てられていく。その波乱万丈の旅路は、一般的には幻想小説として読まれる「アッシャー家の崩壊」にまで行き着き、ある種感動的なフィナーレを迎える。同作をミステリとして読む試みは、平石貴樹『だれもがポオを愛していた』に収録された論考「『アッシャー家の崩壊』を犯罪小説として読む ――更科ニッキのために」でも行われているが、それとはまた違ったアプローチがユニークだ。
本書は優れた評論でありながら、同時に、文学探偵という名の胸躍る冒険劇でもある。読者が積極的に参加するような形で謎ときに挑む、という試みは、現代の「謎ときイベント」「考察」ブームとむしろ適合的かもしれない。本書には著者による「犯人はお前だ」の全文訳が掲載されており、これ1冊で楽しめる。
謎ときが好きな読者は、著者の「まえがき」と短編の全文訳まで読んだ段階で、推理をしてみるのも一興だろう。著者は、何を立証しようとしているのか? それは著者のみならず、200年前のポーからの挑戦状でもある。世にも豪華なW挑戦状といえよう。
たけうちやすひろ/1965年、愛知県生まれ。アメリカ文学者。北海道大学大学院文学研究院教授。「Mark X:Who Killed Huck Finn's Father?」がアメリカ探偵作家クラブ賞の評論・評伝部門で日本人初の最終候補に。『謎ときサリンジャー』(朴舜起氏との共著)で小林秀雄賞を受賞。
あつかわたつみ/1994年生まれ。ミステリ作家。2017年『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。他に〈館四重奏〉シリーズなど。
