書き手の鋭い観察眼によって赤裸々に暴かれていく
小説家・高橋弘希は同業者や関係者、玄人筋からの評価がひじょうに高い。
それはキャリア4年にして、今回がすでに4度目の芥川賞候補だったことからもわかる。
選考会直後、選考委員を代表して会見に立った島田雅彦さんは、受賞作『送り火』を称して、
「一つひとつの言葉にコストをかけているということが、ありありと伝わってきます」
「独特のタイムスリップ感が漂っており、これはただごとではない。いわば、言葉を使って別世界を構築していくという、フィクション本来の醍醐味を充分に示してくれている快作ではないか」
と述べた。
「快作」と評された『送り火』は、東京から青森へと引っ越した中学生が主人公。小さな共同体という「閉じた世界」が持つ安心感や嫌な感じ、暴力性が、書き手の鋭い観察眼によって赤裸々に暴かれていく。
〈欄干の向こうに、川沿いの電柱から電柱へと吊された提灯が見え、晃が語っていた習わしを思い出し、足を止めた。〉(『送り火』より)
というのが作品の出だし。端正な文章で的確に外界が描写されている。こんな美しい言葉を連ねるのだから、さぞ日本文学を読み込んできたのかと思えばそうでもない、小さいころから本の虫というタイプではなかったという。
「国語の教科書くらいは熱心に読みましたけど、そこから読書の幅を広げていったりはしなかった。いちばんよく読んでいたのは大学生のときですね。そのころ流行っていたものや友だちに勧められたものを手にとっていました。綿矢りささんとか、金原ひとみさんとか。大学生のある一時期に小説にハマってたんですが、その後は少し熱が冷めて、たくさんの本を読むことはなかったです」
「小説は、紙と鉛筆さえあれば書ける」
さまざまな本を読み込んで、「今度は自分が書きたい!」と小説を手がけ始める人も多いけれど、高橋さんは「自分はそういうのじゃないですね」とあっさり言う。
ならば、なぜものを書き始めたのか。どうして小説だったのだろう。
「とりあえず小説は、紙と鉛筆さえあれば書けるんで。小説にハマっていた大学生のある時期に、そのままの流れで自分も書いてみて、そのまま書くことにもハマってしまった」
動機はシンプル。その原動力となったのは?
「書いていて、うまくいった! という実感が持てたときはおもしろさを味わえるかな。ある場面を書いているとして、そこがうまくいけば、ああよかったなと満足します」