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2018/07/23

genre : エンタメ, 読書

場面が、はっきりと「見える」

〈瞼を擦りどうにか目を開けると、路傍の祠の銅板葺きの屋根が太陽を弾いて瞳を射た。〉(『送り火』より)

『送り火』をはじめ高橋作品を読んでいて驚かされるのは、一つひとつのシーンの美しさ。言葉を追うだけで、空間とそこに流れる時間、そして人の営みがくっきりと立ち現れてくる。

 なぜこれほど鮮やかな描写ができてしまうのか?

「場面はけっこう正確に見えていると思います。まあ人と比べようがないからはっきりとは言えないんですが。その場面において何がどうなっているのか、写真を眺めているみたいな感じで。そこに動きもありますから、頭の中では、映像として展開されているともいえますね」

 なるほど明確に「見える」のだとすると、今度はその見えるものを的確に言葉にしていかなければいけないのでは? 見えたものの中から何を書くか、どう選択しているのか。

「必要なもの、これは外せないというものは、書きます。そう考えてみると、基本的には小説に要るものしか、頭の中では見えていないのかもしれません。あとはなるべく嘘っぽくならないように書くとか」

©文藝春秋

「小説の始まりと終わりは、早い段階で見えてることが多い」

『送り火』の舞台を青森にしたのは、実家があり土地勘を持っている場所のほうが、嘘っぽくなくてリアルになるから?

「子どものときの記憶もあるので、それをたどって書けるかと。当初は舞台を別の土地にする案もあったんですが、結局、この土地が作品世界に一番ハマりました」

 今作は全編にわたって不穏な雰囲気が漂い、暴力性があらわになるシーンもある。

「小説の始まりと終わりは、早い段階で見えてることが多いです。その結末へ向けて進んでいくので、そこに合わせて全体の調子が染まっていく面はありますね。『送り火』は後半に、まぁ、ちょっとアレな展開になるので、その雰囲気が全体に影響を及ぼしている側面もあるかと。

 ただ、比率でいえば、中学生たちがふつうに夏休みを過ごしている場面のほうが多いんじゃないですか。じつはイメージとしては、スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』が念頭にあったくらいです。まあ似ているのは、数人の男の子がワイワイやるというだけですけれど」