不倫をめぐる冒険

第11回

山田 詠美 作家
エンタメ 社会 読書

 耳にするたび目にするたびに反感を覚えて舌打ちをしたくなる、私が大の苦手とする言葉。それが「不倫」。野放図な恋愛関係を数多く描いて小説に仕立てて来た私であるが、「不倫」という言葉を使うのを極力避けて来た。倫理にあらずって誰が決めるんだよう、とむずかったり、あらがったり。

 しかーし! ここ数年は、無駄な抵抗は止めて、あっさり使うことにしたのである。だって、その種のゴシップの数が多過ぎて、いちいち説明していると追い付かないんだもん。そういう時に、まず「不倫」という言葉を使って置くと概要が解るというか。本来、作家は概要でものを語ってはいけない……とは思うが……いいの、いいの、自分の小説内でなければ。

 そんなふうに開き直ると、世の中の不倫事案は、すごく興味深くておもしろいのである。でも、ジャッジはしない。それが野次馬の流儀である。こんなことに「流儀」なんて言葉を使ったら、「大人の流儀」シリーズを出した故・伊集院静氏は、さぞかし御機嫌斜めになることだろう。いや、「女子供は許す」とおっしゃるかなー。あの言い回しにいちいち突っ込んでいたの私だけだったみたいだけど。

 なんて、私のように茶化してる人間より、道徳規範を持ち出して当事者を責める良識派と自認する人々が多いのだ。実は、この「良識派」とやらは私の天敵。デビュー当時から直木賞を受賞するまで、どれだけ難癖を付けられたか解らない。もっとも、私の場合に適用された倫理違反は、「異人種との恋愛」と「大胆な性描写」とやらに対して。非難に満ちた手紙などをもらうと、この人たち文学作品とか読んだことないのだろうなあ、と思った。ヘンリー・ミラーぐらい読みなよ、こんにゃろ! と毒づいたが、考えてみれば、ヘンリー・ミラーは男性だ。同じことに、女性がトライするから、ある種の人々は苛立つのだ。宇野千代先生の御苦労が偲ばれる。

 昔に比べると、今の「不倫」は有名人であれば男も女も叩かれるから、ある意味平等と言えるかも。まあ、赤の他人の色恋を「叩く」こと自体が私には信じられないが。あ、友人、知人の場合は別ね。こちらもとばっちりを食ったりするので、とっちめる場合もある。

恋という名の不慮の事故

 に、しても、政治家、芸能人、スポーツ選手……今、不倫報道が花ざかり。次から次へとゴシップが出て来るのは、人々が迂闊になったのか、SNSの拡散の速さ故なのか、週刊文春ががんばっているからなのか……解らないのは、皆さん、秘密の関係が見つかった時、何故、下手な言い訳に終始するのか。わざわざ後追いさせるような隙を与えて。

 だいたい、誤解を招きかねない行動を取って反省しているとか言う。その後、誤解する余地もない証拠が次々と提示されて、窮地に陥り、ますます非難ごうごうで、仕事にも支障を来す。こういうのを初動ミスとか言うんじゃないの? 保身のために上手く立ち回ろうとする態度は、「不倫」それ自体よりも人々を苛立たせるものである。

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source : 文藝春秋 2025年9月号

genre : エンタメ 社会 読書