世界の片隅でユリイカ

第7回

山田 詠美 作家
エンタメ 国際 映画 音楽

 今年のアカデミー賞の主演男優賞は「ブルータリスト」に出演したエイドリアン・ブロディが獲得した。

 私は毎年、グラミー賞とアカデミー賞はライヴで観ることにしている。何故なら、その時点でのショウビズ界の注目する、最大公約数のようなものが解るから。今の時代、多くの人々が自分の好みをピンポイントで選んで、それ以外には目を向けようとしない。無駄をなくして、タイパ(げーっ)を重んじる? しかし、贅沢な無駄の中にこそ文化があると信じる私は、必要なものだけを取り込むなんて、つまらないと思う。ぼんやりと観ている内に、自分の目のはしに映る不必要なもの。そこからインスピレーションを得て、「ユリイカ!」と叫んでしまうこともある(アルキメデスの言葉。我、発見せり! という意味のギリシャ語だそう。後の説明ははぶく)。

 そういう訳で、書店内のクルージングも大好き。仕事で必要な本はアマゾンで注文することもあるが、本屋さんで絶版の筈の文学書を見つけたりすると、すごく嬉しい……のだが、その付近に、きみを待っていたよ! と言わんばかりの聞いたこともない本の題名が目に飛び込んで来たりすると、さらに、どきどきわくわくするのである。これぞ出会い頭の喜び。心を震わせる好ましい不慮の事故である。

投げキッスと思いきや……

 それはともかく、エイドリアン・ブロディだが、彼が受賞して壇上に上がろうとするその時、口許に手をやり、その後、一番前の席の女性に向かって何かを投げる仕草をした。すると、女性は空中でそれをキャッチしたようなポーズ。

 私は、まあ、エイドリアンたら恋人に投げキッスを贈ったのね、そして、彼女は、お茶目にそのキスを受け止めた……なあんて微笑ましく感じたのであるが、後に公開されたスローモーションの映像で、エイドリアンの投げたものが、彼の口の中にあったガムだと判明。行儀悪過ぎ! と物議を醸すことに。

 キャッチした投げキッスを口の中に入れてもぐもぐするというのは、恋人同士の定番の愛情表現(当社比)だが、裏切られたよ……って、別に、彼の熱烈なファンでもないんだけどさ。

「戦場のピアニスト」で最初のオスカーを手に入れたエイドリアン・ブロディ。誰もが認める名優ではあるが、実は、私の一番好きなのは「キャデラック・レコード」という佳品。四〇年代、才能ある黒人ミュージシャンを集めてレコード会社を立ち上げたひとりの男の物語。この経営者をエイドリアンが演じた。そして、彼と魅かれ合う歌手、エタ・ジェイムズにビヨンセ。二人の万感の想いを込めたスタジオでの別れのシーンが、もう最高なのだ。別れの意志を彼を見ることすらせずに歌声に託すビヨンセと、そこですべてを理解してスタジオを去って行くエイドリアン。マディ・ウォーターズを演じたジェフリー・ライトもチャック・ベリーを演じたモス・デフも素晴しかった。感化されて、ハモニカ倶楽部というのを結成したのだが……実力ないと吹いてもつまんない……ということで、リー・オスカーモデルのブルースハープも、プロ仕様のクロモニカ270も今やタンスのこやし(死語?)……ばかばか、飽きっぽい私。

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source : 文藝春秋 2025年5月号

genre : エンタメ 国際 映画 音楽